No.4 人間ドッグ(日米比較)

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徹底比較・日米医療事情 No.4 人間ドッグ

Dr.田崎 寛:慶応大医学部卒。同大学病院の泌尿器科教授として活躍したあと、1995年渡米。現在ウエストチェスター・メディカルセンターで、日本人に限らず多くの患者さんを診る。

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NJ生活誌「おしゃべりたんぽぽ」より許可を得て転載しております。「おしゃべりたんぽぽ」はNJ北部に住む日本人女性達がボランティア・スタッフやライターとして女性の視点を生かして作り上げているNJ 州情報満載の生活誌です。「来たばかクラブ」というNJ新米の女性のためのお茶会や、こどものための「おはなし会」など、特にこれからNJ近辺に赴任される方には心強いオープンな活動をしています。

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日本の尼崎で、107人が亡くなり500人以上の人が負傷するという、最悪の鉄道事故が起こりましたが、世界のどこにいても、いつ命にかかわる事態に巻き込まれるか分からないのが現代なのでしょうか?それにしても便利な乗り物は、衝撃に対して人間の身体を守るにはあまりにも脆くできているように思います。

電車、自動車、飛行機、エレベータでさえも稼動の時間や距離で定期点検することが義務付けられています。その考え方の始まりは、外洋を航行する船の定期的な点検にあったようです。つまり、長い航海によって船体が錆びたり貝殻などがこびり付いたりしているのをきれいにするばかりでなく、スクリューや舵など、船にとっては最重要の機能を果たしている部分を点検して、必要があれば補修することになります。このような作業は港で水に浮いていてもできることもありますが、普通は陸に上がった状態、つまりドックに入れて船体を休ませながら、点検と同時に悪くなったところが見つかれば修理することになります。

船のドック入りを人間にたとえ、人生という長い航海に疲れた人を休息させるという意味も含めて、「人間ドック」という言葉が1960年代に日本で使われるようになり、70年代からはその専門施設が続々誕生しました。現在では「一日ドック」「日帰りドック」とか「ドック式検査」とかの名前で日本全国どこにでも存在しています。

ところが米国には「ドック」という名前もないし、その目的だけの施設もありません。確かに「定期健診」annual check-upということは一部で行われていますが、一般の人がそれを受ける義務もないし、一回受けたからといって次にいついつ受けなさいという通知が来るわけでもありません。主として高脂肪・高カロリ−の食生活をする米国人こそ日本式の「ドック」が必要なはずなのに、なぜ発達しないのでしょうか?

原因は日米の保険制度の違いにあります。簡単に言えば、日本の国民皆保険制度と米国の任意保険+メディケア・メディケイドでは健康管理の考え方の根本が違うからです。日本では第二次大戦の敗戦直後から、医師会の反対を押し切って健康保険制度が発足して、公務員の政府管掌保険、民間会社の健康保険組合の保険、国民保険、生活保護保険の4種類で、国民全員がどれかに所属して政府主導の基金で運営されてきました。しかし、高騰する医療費と医療施設からの天井知らずの支払い請求から、20年前にはすでに30兆円を超える累積赤字で破産状態になっていました。保険者本人負担の増加や支払い請求の改善にもかかわらず、高齢化で老人保険や介護保険が加わる一方、パートタイマー、フリーターなどが保険料を払わない傾向も加速して、日本の健康保険制度はいつ破綻しても不思議でない状態です。米国でもヒラリー・クリントン上院議員は、日本式皆保険制度の導入を提案する1人でしたが、現大統領G.ブッシュはルーズベルト以来の社会保険制度の基本を金持ち優先の制度に逆行させようとしている状態です。

日本の「人間ドック」が繁盛している理由は、民間会社の健康保険組合が従業員に対して年1回は会社負担で定期健診を受けさせることで、生活習慣病の予防と疾患の早期発見をし、従業員を早く職場復帰させるためです。これは、生涯雇用を基本にしてきた日本の企業としてはきわめて合理的で建設的な習慣として定着しています。米国で国民皆保険も「人間ドック」も存在しないのは、もともと終身雇用の原則がないためだとも言えるでしょう。

ところで、「人間ドック」「定期健康診断」のメリットは、検査を受ける本人には実際にどの程度あるのでしょうか?各施設の検査項目にもよりますが、日本では内科中心の高血圧、高コレステロール、糖尿病のスクリーニングが基本健診で、次に日本人に多い消化器系の内視鏡、超音波、X線検査を行います。循環器系では、米国には心臓病が多いのに対して、日本では脳血管の異常が多いため「脳ドック」という検査(眼底血管撮影、MRIなど)が追加されます。費用は3万4千円から始まって、全部受けると8万円以上かかります。

実際どんな異常が見つかるかですが、多いのは生活習慣病予備軍、消化管ではポリープや胆石、超音波で腎臓結石、腎臓腫瘍・副腎腫瘍が偶然見つかることもあります。泌尿器系では尿検査で血尿が確認されれば、専門医の受診が必要になります。

日本人駐在員家族は、ニューヨーク市内、ウエストチェスター、ニュ−ジャージーで、日本の「人間ドック」と同様の健康診断施設を利用できます。日本のデータを持って年1回受診されることをお薦めします。何か異常が見つかった時に、前回の検査結果と比較することに重大な意味があるからです。
一方「人間ドック」はない、定期健診はあまり定着していない米国はどうでしょうか?過去10年、米国の患者さんの傾向を見ていると、本当に病気がひどくなって初めてドクターに行く人が多いのが現状です。癌なら、大きくなって手術では取りきれないとかすでに転移しているなど、日本と比べると病気の程度に大きな差があります。

日本の「人間ドック」の最初のアイデアは、「船のドック入り」と同じで陸に上がって長旅で疲れた身体を休める意味だったのですが、今は早い現場復帰のため。過労によるストレスがたまることが食生活と同様に生活習慣病に関係すると言われる現代、ゆっくり身体も精神も休める「人間ドック」があったら良いのにと考えさせられます。

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