ある男性の秘密

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 ここに書いたものは短期間セラピーの例である。最初の診断から最後のセショ ンまで、4セションしかなかった。それでも、来談者からしてみると、相談に来 た目的を達成して、満足のいくものであった。  さて、長期間にわたって行われるセラピーと、短期間で終わるのとは、どう違 うのであろうか。来談者にどのような差があるのだろうか。セラピストのテクニ ックとしては特別に差が見られるのだろうか。また、セラピストと来談者の人間 関係は、どうのように違うのであろうか。その様な点を頭に入れながら、このケ ースを見てみたいと思う。  電話が鳴った。 私:「もしもし、小林です。」 M.O.:「すごく困ったことがあって、カウンセリングを受けたいんですけれど。」 疲れ果てたような男性の声が言った。 私:「どのようなことですか。」 M.O.:「ストレスがすごくたまっているんです。実は性的なことで相談があるん ですけれど。先生の所でそう言うのはやっていますか。」 私:(性的な問題として、最初から相談を求めるのも珍しい。電話で話すことが 出来るだろうか。)「それについて、少し電話で説明できますか。」

 数多くある電話での問い合わせの中には、私がサイコセラピストとして、何も できない問題を持っている人もいる。電話をかける側としては、サイコセラピス トがいったい何をするか、よく知らない人もいる。診断に来てもらってから分野 が違っているのを知らされるのも、来談者にとっては不便である。そう言う問題 を避けるために、電話でざっと問題のことを知り、予約をしたり、適当でないと きには、他の分野の先生を紹介したりする。このことをトリアージ(Triage)と 言う。

M.O.:「やー、ちょっと難しいですね。」 私:(性的問題としても、肉体的なものから精神的なものまで色々あるから、私 のところへ来て適当かどうかちょっと気がかりである。でも、性的問題を、たと え相手がセラピストといえども、他人に初めから電話で話せないのもよく解る。) 「それでしたら、一度診断の意味で、こちらまでこられたらどうですか。」 M.O.:「はい、そうしたいと思います。なるべく早い予約がいいんですけれど。」 と言うわけで、かなり気の滅入った男性であった。

 第一回目のセションは次のように進んだ。 M.O.:「実は、職場で私のことをゲイだと噂しているんです。皆が変な目で見た り、嫌がらせに私の机の上に合点のいかない広告などを置いたりするんです。す ごく職場にいるのが大変なんです。私を追い出そうとしているのだとも思います。 ストレスがたまって、夜もよく眠れません。誰にも相談できないんです。まさか 妻にこんなこと言えないし、、、そう言うわけで今日ここへ来たんです。」 私:「あぁ、そうですか。それでどうしてこんな風になったんですか。」 M.O.:「事の発端は、5年前私の父が死んだ時、親戚の間で遺産相続のことでも めましてね。皆、汚い欲があって、、、その時私は大変困惑していました。うさ んばらしに、家の近所でゲイの売春を買って、オーラルセックスをしてしまった んです。そんなことをしたことはなかったんですよ。でも、その時は何をしてい るのか解らなかった。とっさに起こってしまったんです。そして運悪く、私がゲ イといるところを、私の妻の友達に見られちゃったんです。それから噂が回って、 職場で私のことを話し始めたんです。妻には自分から告白しました。うわさを聞 いて驚くよりは、私から言われた方がよいでしょう。勿論彼女はびっくりして、 怒りまくりましたよ。」 私:「そんなこと起こるんですねぇ。でも、本当に職場の人達は知っているんで すか。」 M.O.:「直接、私がゲイだなんて言わないですけれど、色々な言い回しをして、 私に言っていると思います。いじめみたいなもんですよ。私の会社での成績は随 分いいんです。トップとして、褒美をもらったこともあるんです。職場の人の中 には、私をねたむ人もいるんですよ。」 私:(でも、まだ確信持てないなぁ。本当にこんなことに関していじめをしてい るのだろうか。ひょっとしたら彼の想像であるかもしれない。)「結婚してから 何年くらいになりますか。」 M.O.:「もう、15年になります。」 私:「子供は?」 M.O.:「3人います。一番上の子が、15歳で、次が10歳、一番下が7歳です。」 私:「その後、結婚問題になったの?」 M.O.:「いえ。その時は彼女も怒っていましたけれど、時間がたつにつれて、い つものように戻りました。本当のことを言うと、一年前にもう一回あったんです。」 私:「と、言うと?」 M.O.:「もう一度ゲイとオーラルセックスをしちゃったんです。でもそれだけで す。私はゲイではないと思います。どう思いますか。妻とはセックスできますし、 結婚前だって女の人と付き合っていました。一年前のことは、ちょっと麻薬の影 響があったかもしれない。」 私:(え、麻薬の問題もあったのか。)「どんな麻薬を使っていたの?」 M.O.:「コカインと、、、スピードです。妻も一緒にやっていました。もう止め たんです。その後、何ヶ月もやっていません。」 私:「どの位の期間やっていたの?」 M.O.:「そうですねぇ、、、ずうっと続けていたわけではないですけれど、合わ せて、3年くらいかなぁ。」 私:「どういう風に止めることが出来た?」 M.O.:「あれはセックスの時にすごくいいんです。一夜に何回も出来るんです。 寝ることなくやります。でもその後、死んだかのように眠るんです。そして、妻 と一緒に寝ていましたから、子供の面倒を見なかったんです。暫くしたら、子供 の体重が減って、不健康に見えました。その時に、すごく罪に感じて、こんなこ とをしていてはいかんと、自分に言い聞かせたんです。」 私:「ああ、そう。まあ、止められてよかったね。」 M.O.:「そう、思います、、、。先生、一年前のゲイの話も、近所の人に見られ たんです。その後、噂が近所に流れて、隣の人も、塀に穴を掘ったりして、嫌が らせをするんです。」 私:「どう言うこと?」 M.O.:「私の家と隣の家の塀に小さなアナを作ったんです。多分、私が何をして いるか探っているんでしょうね。」

 このようにして第一セションが終わったが、後に感じられることは、妄想の雰 囲気がする事である。例えば、職場で皆がM.O.の事をゲイと言いながら話して いることとか、彼を職場から追い出そうとしているとか、隣近所の人が、塀に穴 を開けて彼の方を覗いているかもしれないとかである。このようなことは事実か もしれないが、ひょっとしたら彼の想像にしか過ぎないかもしれない。 その上、 彼はコカインとかスピードを使っていた。これらの麻薬は多量に使うと妄想を抱 かせる。特に被害妄想が多い。そして、これらの麻薬を止めてからも、妄想傾向 が続く、いわば後遺症もある。つまり、彼の被害的思考は、麻薬からの影響であ ると考えてもおかしくない。この考えでいくと、5年前の性的行為は、その後直 ぐ、彼の言う職場での噂に至らなかったかもしれない、と言うことである。むし ろ、その後、麻薬を使い始めてから、妄想に発展し、彼が5年前の性的行為に結 びつけたのである、とも考えられる。また、もし5年前に妄想なり、噂が起こっ ていたのであれば、彼はその時点で、セラピーを受けていたかもしれないのに、 実際には、今になってセラピーを受けている。すなわち、妄想は麻薬を使ってい たとき、又は、その後に起こったと考えられるのである。  もう一つ考えられることは、彼が同性愛行動をするときのタイミングである。 一回目は、彼の父が死んだ時で、彼がストレスを多く感じていたとしても過言で はない。ゲイとのオーラルセックスはこの時に起こったのである。二回目の行為 は、彼が麻薬を使っていたかもしれない時だ。何れにせよ、彼に心理的後退  (Regression)が起こったと仮設できる。この心理的後退の意味は、通常は正常 の性的行為をしている人でも、ストレスを多く受けた時には、精神発達上、正常 性行為以前の性的行為、例えば、思春期時に起こる相互オナニー等をしてしまう と言うことである。この相互オナニーとは、思春期時の青少年が、女性との性的 な付き合いをまだ知らない故に、少年同士でお互いを刺激する行為である。とす ると、M.O.は自ら言うようにゲイではなくて、ストレスの影響から来る同性愛 行為をした、と見ることが出来る。  一つM.O.について言えることがある。それは彼が第一セションから、非常に フランクであることである。彼は自分で気がついている問題を、最初から余り自 己防衛をしないで話してくれた。勿論、他にも問題はあるだろうし、彼が気がつ いていない問題もあるだろう。でも、沢山の情報を最初から提供してくれたので ある。患者の中には、自分で一番問題としている事柄を表現できるまでに、5セ ションを要したり、セラピーで抵抗が起こったときには、10セションも20セ ションも要する人がいる。彼の場合には、自己防衛が少なくて、最初から大きな 一歩を歩んだのである。これが彼のセラピーを短くした一要因であると考えられ る。

 5日後、第二セションを行った。 M.O.:「先生、職場で本当にストレスを感じています。何をしたらいいんですか。 どうにかなりますか。」 私:(彼の職場の人達の嫌がらせ行為について、彼の妄想だと議論したところで、 余り進まないであろう。彼にとっては、今の時点で、嫌がらせ行為は現実に見え るのである。)「皆が、あなたをゲイだと思っていることは、あなたはどうこう できないでしょう。人が何を思っても、あなたがそれを止めることは出来ないし。 あなた自身自分がゲイでないことを確信していれば、そのうちに皆も噂に疲れて、 忘れてしまうのでは。逆に、あなたが向きになって、反応をすれば、ますます皆 はあなたがゲイだと思うんじゃないかな。だから、皆が噂をしているという事を そのまま受け入れて、そして、自分がゲイでないんだという事もそのまま受け入 れて、後は時間に片づけさせるのがいい。」 M.O.:「じゃあ、向こうが何をしても、ほっとくのがいいんですか。」 私:「今のところはそうだろうね。」 M.O.:「先生は、私をゲイだと思いますか。」 私:「2回同性愛行為が起こったからって、あなたがゲイだとは思わない。ゲイ と言うにはある程度の習慣性がなければならない。」 M.O.:「そうでしょう。ああ、よかった。心配はしていたんですよ。」 私:「あなたがゲイかどうかと言うより、あなたがそのことを心配するって言う ことがちょっと気になるね。人は生まれた時は、バイセックス(両性)だと言わ れている。すなわち、異性愛的なところと、同性愛的なところと両方あるんだ。 それが成長するに従って、母や父の影響を受け、はっきりと異性愛的になったり、 同性愛的になったりする。それで、たとえ異性愛的になったとしても、同性愛的 な部分は誰でも持っているし、それがたまに何かのきっかけで表現されたからっ て、おかしくはない。 M.O.:「本当ですか。」 私:「特にあなたの同性愛的行為の状況を見てみると、ストレスや麻薬などの影 響で、心理的後退が起こったとしておかしくないんだ。」 M.O.:「それって、いったいなんですか。」 私:「後退って言って、あなたがもっと若いときの心理状態に戻ること。」 M.O.:「えっ、今思い出したんですけれど、私近所のおじさんに意地悪されたこ とあるんです。」 私:「と言うと?」 M.O.:「確か11歳ころだったと思います。あのおじさんが、面白いことを教え てやるといって、彼自身の性器を私の目の前で出したんです。それで、、、」 私:「それでどうしたの?」 M.O.:「彼がさわれって言ったり、舐めろって言ったりしました。何かよく解り ませんでしたけれど、恐かったような気がします。その後は誰にも言ってはいけ ないって言われたので、誰にも言いませんでした。ここで思い出して言ったのが 初めてです。」 私:「へぇー、でも、それってオーラルセックスをさせられたんでしょう。あな たがゲイの人としたのと同じじゃない。ん、ん、これは意味があるなぁ。すなわ ち、あなたがストレスでオーラルセックスをしたのは、実は、このことの再現だ ったのだ。」 M.O.:「よく解りません。」 私:「いたずらされたことが、あなたの中にトローマとして残っていたから、あ なたがストレスを感じたとき、それが出て来るんだ。つまり、あなたが11歳の 時のそのトローマに後退してしまったんだ。」 M.O.:「へぇー、そんなことがあるんですか。」

 と言うように、意外な展開をして、第二セションは終わった。心理力動的に考 えると、彼の消化しれなかった11歳の時の性的虐待、すなわち、同性愛的行為 は、彼を同じ行動に強いる結果となった。それに対して彼は非常に罪に感じてい るのである。そしてその罪は、彼自身を戒める結果に導く。そして戒めをする彼 の超自我は周りの人に投射されたのである。自分自身が戒めをする代わりに、周 りの人が戒めを始めたのである。職場にいようが、自宅に帰ろうが、誰かが彼の ことを見ていたり、話していたりする。彼がゲイであることを皆が知り、彼を痛 み付けるのである。このように考えると、皆が彼の噂をしていると言うより、彼 が妄想を抱いていると言った方が、正確であるかもしれない。  この妄想説を更に強める観察は、彼自信が、自分がゲイであるかを心配してい ることである。彼自身が自分を疑っている。自分が同性愛行為をしたことは、彼 にとって否定できない事実だ。自分を疑う考えが起こっても不思議でない。でも、 彼は自分がゲイであることは認めたくないのだ。すなわち彼は心の中で葛藤を起 こしている。自分がゲイであるかもしれないと言う疑問と、それを否定する自分 との葛藤である。そして、この葛藤の一部が外界化されたのである。彼がゲイか もしれないという疑問が、仕事場の人達に投射され、その部分とゲイであること を否定する自分と、葛藤してしまったのである。自分の心の葛藤は、今や、対人 関係の中に位置付けられたのだ。  これらのことをどのように彼に伝えるかが、問題である。

第3セション 私:「あなたがゲイでないと私は思うよ。この間も説明したように、あなたの同 性愛行為に習慣性は見られないし、また、その様な行為をした原因も説明できる。 すなわち、あなたのしたことは、心理後退的同性愛と言うわけだ。前に説明した ように、あなたは性的虐待のあった11歳まで戻ってしまったのだ。そして、そ の後退の理由は、父の死んだこと、親戚との遺産相続争い、又は、麻薬による影 響等だ。解るかな。」 M.O.:「言っていることはわかりますよ。私も自分がゲイだとは思いませんし、 先生もそう言うのであれば、信じられます。その問題に関しては、すっきり出来 ます。では、職場での噂はどうしたらいいんですか。それがまだ大変ですよ。」 私:「前にも言ったように、皆がどうこう言うことを、あなたが単独で止めるこ とは難しい。でも、少し私が気になるのは、あなたが言うように、職場の人の中 には、あなたの仕事の成績をねたんでいる人がいるって言うことだ。それが本当 であれば、彼らがあなたを仕事に関して見ているって言うことと、あなたがゲイ だと思ってみていることと、区別がつくのかな。あなたはどうして区別ができる の。彼らの競争心を感じたり、時には意地悪を感じたり、、、たとえあなたのこ とを冗談を言って笑っても、仕事に関する競争心から来るものか、あなたをゲイ として笑っているのか、区別は難しい。彼らもあなたがゲイだから笑うなんて言 い出せない。そんなことしたら、差別と見なされて、彼らが問題となってしまう。 どう思う?」 M.O.:「そうですね。確かにそのとおりなんですがね。」 私:「もう一つ関連することは、あなたがコカインやスピードを使っていたとい うこと。こういう麻薬は、あなたの心の中に妄想を抱かせる。だから、職場で、 皆があなたのことを見てたり話していたりということは、ひょっとしたら妄想で はないかと思わないかな。麻薬の効果だよ。」 M.O.:「やぁ、そうなんですよ。私はやはり妄想的だと思うんですよ。」 私:(彼は現実味がある。自分が妄想的であることを一部解っているようだ。) 「ひょっとして、あなたの麻薬の使用が、妄想を高くして、職場で今のような感 じを作ってしまったのでは。」 M.O.:「そうかもしれません。」 私:(この人は、私をずいぶん信頼している。私の言うことを比較的簡単に受け 取っていく。)「今度皆があなたの前で冗談を言ったら、一緒になって冗談でも 吐いて、笑っていたらいい。そして、どうこう心配しないで、皆とフレンドリー にしてみては。結構仲間に入れてしまうかも。ひょっとしたら、あなたが妄想的 なので、それが態度に出て皆が敵意を感じる。それに対して皆が反応し、今度は あなたが敵意を感じる。あなたが友好的であれば、皆も友好的にしてくれるんじ ゃないかな。実験してみてはどう。明日仕事に行って、皆と仲良くしようと試み なさい。そして、結果がどうなるか、自分で確かめてみたら。」 M.O.:「やぁー、まいった、まいった。私には信じられない状態ですけれど、確 かに、先生の言うように、やってみなければ解りませんね。明日試しにやってみ ますよ。フレンドリーにしてみればいいんでしょう。あっはっは。」

 第3セションはこのようにして終わった。前に、M.O.は、第1セションから フランクに自分のことを話してくれたと書いた。その裏には、彼がセションに持 って来た、私に対する信頼があったと思う。この信頼が、第3セションで効果の 上がる結果に導いたのだ。信頼をできると言うことは、私の言うことを比較的簡 単に受け入れるだけでなく、セラピーに対するある程度の期待と希望を持ってい るということである。セラピー関係内でのお互いの信頼、セラピーを通して自分 がよくなるであろうという希望は、セラピーの結果をよくする要素である。 M.O.は、このような要素をセラピーに自ら持って来たのである。一般的には、信 頼や希望はある程度セラピー以前から存在するものの、十分ではなく、セラピー をしていくうちに徐々に育てていくものである。そしてそれにはある程度の時間 が必要であるのは、言うまでもない。M.O.の場合は、それがすでに確立した状 態で、セラピーを始めることができたといえる。私の方としても、彼の抵抗に対 処する必要がなかったし、教育的な立場をとるだけで、彼を導けたのである。そ れで、セラピーがトントン拍子に早く進み、短時間で終了した。  一つ矛盾に思える点が、あるかもしれない。それは、彼が私をはじめから信頼 できるのに、彼の相談に来た問題は、人に対する疑いであり、被害者的妄想であ る。いったいこれはどういうこのなのであろうか。私は人間不信の人達の観察を して、彼らの特に人を信じやすい傾向に驚いたことがある。彼らは相手が信頼で きようができまいが、人を簡単に信じてしまうのである。そのために、裏切られ ることも多い。現実的な注意深さをしていれば、普通は信じられない人達も出て くるはずである。そのような人もひっくりめて信じてしまっては、何人かに裏切 られてもしようのないことだ。人を信じやすい人は、この理由で、人に裏切られ て、傷ついたことも多いのである。その結果、今度は逆にだれも信じなくなって しまったり、誰も彼も疑いを持って関わったりしてしまう。すなわち、極端なの である。人を全体的に信ずるか、そうでなければ、全体的に信じないのである。 M.O.の場合、職場では皆を信じず疑って、セラピーに来たときには、私を何も 疑わずに信じてしまった。もちろんセラピストとして、人からの信頼を裏切った り、悪用してはいけない。この場合、彼の信頼をよい方に使って、セラピーを効 果的にし、彼を援助できたのである。もし、M.O.が望むのであれば、彼の信頼 についての問題を、追求できるであろう。これが課題となったのであれば、もう 少し時間を使って、セラピーを続けたかもしれない。でも、M.O.がセラピーで したいことははっきりしていて、とりあえず今彼の問題とすることだけを考えた っかたのである。ちなみに、セラピーする問題がはっきりしていて、正確に定義 できると、セラピーに効果があった時は、短時間で終えることができる。

第4セション  M.O.が診療室に入ってくる様子が違っていた。リラックスした態度で、顔に は微笑みまで浮かんでいる。うつ気分が消えていた。 私:(彼はよくなっていると思うが、まずは彼に話させて、様子をちょっと見て みよう。)「どう、調子は?」 M.O.:「やぁ、いいと思いますよ。先生がこの間、もっと皆とフレンドリーにし て、話に加われとおっしゃったでしょう。やって見たんですよ。そしたら、皆も 結構フレンドリーでした。冗談を言ってやり取りしたりして、普通にできました。」 私:「そう、よかったね。皆もフレンドリーだったか。」 M.O.:「それで誰かが冗談言ったりしたら、私も言い返して一緒に笑っていまし た。」 私:「へぇー、じゃ、皆はあまり悪気がないように聞こえるけれど?」 M.O.: 「そうですね。悪気があったとしても、あまり気にならなくなりました。 気分もいいです。」 私:「どう、皆がまだあなたのことをゲイだと話している?」 M.O.:「私の職場には、ゲイの人が2人いると思います。その人たちはもう自分 がゲイだと言いきって、表に出ているので、皆はどうこう言いません。私だって ゲイだって言い切ってしまえば、同じだと思います。皆が変な態度をするのは、 私が過剰反応するからかもしれません。私が無関心でいれば、彼らも興味を持た ないでしょう。」 私:「でも、本当に皆があなたのことをゲイだと話していると思う?それも麻薬 のせいで、その様に感じるんじゃないかな。」 M.O.:「そうかもしれません。実際私に向かって、私がゲイだと言った人はいな いし。解りませんね、、、でも、平気ですよ、先生。自分でゲイでないと思って いるんだから、人の目は余り気にしないで、やっていけばいいでしょう。先生の 言うように、そのうちに皆も忘れるでしょう。私のことが何時までもそんなに面 白いはずがない。」 私:「上出来、上出来。その調子だよ。」 M.O.:「私はもう大丈夫ですか。」 私:「そんな感じだね。一応、今回でセラピーは止めといて、また、難しくなっ たら戻ってくればいい。ちょっと変と思ったらなるべく早くね。」 M.O.:「解りました。頑張ってみます。」

 このようにして第4セションは終わり、そしてセラピーは終了した。M.O.は、 職場で皆がゲイだと噂していると、悩んで来談し、第4セション目には、そのこ とが気にならなくなった。勿論、彼にはもっとセラピーの対象となる問題があっ たはずである。でも、この時点で、あえてそれを取り上げる必要がなかった。ま た問題が起こったら戻ってくればよいのである。  もし、このような4セションを行って、M.O.が、良くならなかったとしたら どうであろう。実はその場合の方が、多いのである。症状は簡単に消えない。そ の時は、彼の性格の分析に入り込まなければならない。可能性としては、彼の妄 想の消えない理由を求めて、過去の経験を細かく探ったりする。それと同時に彼 の職場での困難なことに対して、気持ちのはけ口をセションで作ってあげたりす るだろう。そのうちには、彼の問題が、私とのセラピー関係の中で、転移として、 再現されると思う。転移はその時によって、色々な形で現れるが、それを一つ一 つ取り上げて、彼と理解を進めていく。この行程を経て、彼の症状を徐々に取り 除いていくのである。  1年後M.O.の様子を知ることが出来た。彼は同じ会社で働いていた。ゲイに 関する妄想は、「もう、そんなことは忘れていますよ。」と言うことだった。ま た、彼はセラピーの後、家を購入して引っ越しをしていた。「隣の人が気になっ たのか?」と聞いたら、今いる地区の方が、子供のためによい学校があるのだそ うだ。そのために引っ越したと言っていた。隣の人に対する妄想があったかもし れないが、それを知ることは出来ない。とりあえず問題なしで、めでたし。

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