恐怖の親密感

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shinmitsu.gif私達は日ごろ人とのやり取りで、親密感を感じるように努力をします。でも、中には親密感を避けるような付き合い方する人もいます。そしてまたよく考えてみますと、私達はいったい何に近づこうとしていて、何を避けようとしているのかよく解りません。

ことの発端は、私達は孤独を感じるので、誰かに近づきたいと感じます。でもそのためには、近づきたいという気持ちを表現しなければなりません。近づきたいという気持ちを表現するのは恐いです。なぜならそれをしたときに、相手に受け入れられないかも知れないからです。そういうときの拒絶感や絶望感は心に痛いです。そしてそのような経験を避けるように行動してしまいます。ですから、親密感を求めながら、それを避けるような付き合い方をしてしまいます。

親密感を避ける行動は、当たり前のように、日常に広がっています。例えば、私達は誰かに声をかけます。それによって2人の間につながりができます。次に会話をすることによって、つながりは強くなります。そして最終的に親密感に至るのかと言うと、そうではありません。あるところで会話は深まらなくなり、同じレベルをたどり続けます。2人の親密感に対する恐怖が、2人の接近をその辺で止めてしまうのです。妙な事に、会話が2人を近づかせたのですが、今度はその会話が2人の接近を妨げます。言葉は、人を近づけますが、同時に人を遠ざけるのです。

私達はまた、自分達の話を突っ込んですることを避けます。もちろんそんなことをすれば親密感がましてしまうからです。その代わり、他の人の話を沢山します。そうすることによって、親密感からくる不安を避けようとします。これは、人が集まるとゴシップを往々にしてしまう一つの理由でもあります。ゴシップというのは、どちらかというと、誰かさんの不幸の話が多いです。これは話し相手と向き合ったとき生じる不安を外に投影することによって、人間関係を保つためです。投影された不安はゴシップを通して発散されます。そうすることによって、近からず遠からずの人間関係を築くことができるからです。

親密感を代表する人間関係として恋愛があります。親密感を求めながらそれを得ることができない、実らない恋愛から始まって、親密感を求め合うことが認められた実った恋まであります。愛する二人は親密感を求めつつ、一緒にいる時間を作りますし、二人の話題自体が、お互いのことですから、親密感を感じるには絶好のチャンスといったわけです。

しかしながらここにも落とし穴があります。恋愛中は特に相手をよい人として見たいですし、自分もよく見せたいです。そのため、お互いにとって悪い話は避けて通ってしまいがちです。このような近い人間関係ですと、怒りや不満もたまりがちです。ですが、それもなかなか表現できません。つまり、よいところだけを見て付き合っていくだけでは、本当の親密感は経験できないのです。

この話から解るように、親密感を感じるには、よい気持ちだけの親密感ではなく、2人の間に起こる、嫌な気持ちもオープンに受け入れなければなりません。親密感を求めるとき、きっとそれはよいことだけであるはずだと信じ込んでいれば、そうでないときに絶望感が起こり、それを避けるために、親密感まで避けてしまう結果となるのです。

親密感はよい感情も悪い感情も両方受け入れようとする態度を前提にし、2人がお互いの気持ちをよく解り合っている状態の一時をいいます。相手の状態をよく把握すると同時に、自分も正直に表現していかなければなりません。

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