息子3人を戦争で亡くして

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昨日ピアノの調律に来てくれた方が、たまたま日本人でおしゃべりに花が咲きました。50代位の方でしたが、北朝鮮から帰ってきた曽我さんの話になった時、こんな話をしてくれました。

「私の母は、戦争で3人の兄を亡くしているんです。とても優しい兄達だったそうです。私たちは、当時山口県に住んでいたのですが、兄が九州の小倉という所から出兵することになりました。母と祖母は南方に送られるという兄に一言でも別れを告げようと一昼夜、汽車に揺られて小倉に向かいましたが、ようやく着いた時に兄は既に出征した後だったそうです。兄の一人は、終戦当時生きていたそうですが、上官の生きて帰るのは恥だと言う有無を言わせない命令で兄は自決させられたそうです。

その後、遺骨になって帰ってきた兄を迎えに行くために母と祖母は喪服を用意していたそうですが、名誉の帰還なのだから喪服は着てはいけないというお達しがあり、喪服さえ着られなかったそうです。その母も今、80を過ぎていますが、今、曽我さんが国の犠牲者として国賓扱いで戻ってくるのをテレビで見ると喪服を着て出迎えられることもなかった兄のことを考えて、時代が違うのだからと自分にいくら言い聞かせようとしても、どうしても腹立たしく不条理なものを感じるそうです。」

この話を聞いて、私たちの世代は曽我さんの帰国の様子を見て素直に喜んでいるけれど、50年以上も前にことにはなるけれど国の犠牲になって若い命を落としていった人達、家族を亡くした人達にとっては、苦しい記憶が戻ってくるんだ、そういう見方もあるんだ、と考えさせられた。

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