隣のライバルー人間の悲しいサガ

私の住んでいるS区と隣のM区の学校は、何かにつけて対抗意識を燃やしています。フットボールの対抗試合が近くなると車の窓に"Beat S"、"Beat M"などと白い簡易ペイントで書いた車も見かけるようになります。

最近ではS区の中学生がM区の中学生に喧嘩を売られ乱闘の末一人が鼻の骨を折った、などという実しやかな噂まで耳にしました。

念のため書いておきますが、S区もM区もごくごく普通のアメリカ郊外の似たような町です。

大体S区とM区が争う理由など、何もないのです。唯一の理由は「お隣同士」という理由のみ。(仮に昔に何かあったのだとしても、今ではその理由は忘れ去れているのに、お互いにいけ好かないう意識だけが代々引き継がれて残っている場合もあるのかもしれません。)

日本でも隣町の中学生の不良同士が喧嘩騒ぎなどという話は、何度も耳にしたことがあります。

町境、県境、そして国境を隔てて理由なき対抗意識を持つのが人間の悲しい性なのかもしれません。または両面のコインで、人間は一定グループへの帰属意識を強く持ちたいと思っているものですが、そう強く思えば思うほど、他のグループを嫌ったり、競争意識を持ったり、排除しようとする力も強くなってしまうのかもしれません。

日本Vs韓国、ドイツVs.フランス、イランVs.イラク。お隣同士でいがみ合っている国がたくさんあります。これは国同士の覇権問題もあるのでしょうが、隣同士仲の良い国を見つける方が大変なのではないでしょうか。

ロミオとジュリエットはお互いの家、モンタギュー家とキャピュレット家の諍いの末に若い命を散らしたわけですが、シェークスピアはそんな人間の愚かさを見抜いていたんでしょうね。

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