2011年2月アーカイブ

先日、車に同乗していたあるアメリカ人が水筒から何か得たいの知れないものを飲んでいました。What are you drinking?と聞いたところ、KOMBUCHAという応え。あの日本人には馴染み深い昆布茶かいな?と思いきや、なにやら説明を聞くとぜんぜん違う!?菌を発酵させた飲み物だというところまでわかり、家に帰ってからググって見ると、年がばれますが、70年代か80年代に日本で大流行りした「紅茶きのこ」のことじゃありませんか!私は飲んだことも、その正体も知りませんでしたが、あの頃、やたらと紅茶きのこという言葉を耳にしていたのでしっかりと名前だけは記憶されています。

そう言われてみれば、近くのヘルス・ストアの飲み物の棚に数ヶ月前から瓶入りのKOMBUCHAが置いてあったのは覚えています。ただの昆布茶か!面白いものが流行るものだと思っていたのですが、実は思っていた以上に面白い奇妙奇天烈ものだったとは。

なぜKOMBUという名前がついているのかは皆目わかりませんが、昆布ともキノコともまったく関係のない代物で、もともとはロシア伝来のある種の菌を砂糖の入った紅茶の中で発酵させたもので、発酵段階で、瓶の中にかなり気色悪い大きなキノコのようなものが育つため、日本では紅茶キノコと名づけられたようです。

あきっぽい日本人の間では1年以内にすたれたようですが、今再びアメリカで健康飲料として人気が出てきているというわけです。

KOMBUCHAは、アルカリ性の強い飲み物なので、胃酸を中和したり、さまざまな健康上のご利益があるとのことで、先に書いたアメリカ人が培養液?を株分け?してくれました。(以前、日本で流行ったカスピ海のヨーグルトみたいな感じで、アメリカではひそかに健康お宅の間で増殖しているようです。)

味は思ったほど飲みにくくはなく、薄めた酢のようですが、それほど酸っぱくなく割りとマイルドです。(店で売られているより、自家製のものの方がはるかに飲みやすいです。)でも、とにかく見た目は気持ち悪くて、本当にこれ飲んでいいの?と最初はかなり、ひるみます。まるで映画インディペンデンスデイのホルマリンづけにされたエイリアンのようです。

でも先の知り合いいわく、私はこれでドロドロ離婚のストレスを乗り切った!と言っているので、しばらく飲み続けてみようと思っています。

Fred Korematsuを知っていますか?

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fred.jpg少し日にちは過ぎてしまいましたが、先月1月30日、カリフォルニアでは初のフレッド・コレマツDAYが祝われたそうなので、CA在住の方はご存知でしょうか?

真珠湾攻撃の後、西海岸に住む日系アメリカ人はアメリカへのスパイの恐れありとされ、財産はすべて没収、強制収容所に送られます。そんな中、当時23歳のFred Korematsu氏は、ただ一人、日本人を収容所に入れるのは全ての人の自由と平等を謳うアメリカ合衆国憲法に反するものであるとして、異を唱え、強制退去を拒否、犯罪者として投獄されながらも最高裁まで上訴して戦いました。

(私自身は、レーガン大統領だかの時代に、ようやく日系人に対して強制収容は違法だったとして謝罪が行われ賠償金が支払われたというニュースがあったことは、かすかに覚えてはいたのですが、その中心人物が誰なのかは全く知りませんでした。)

コレマツ氏は最終的には、「日本人のスパイ活動は事実であり、戦時下では軍事上必要な事態である。」とする最高裁の決定により敗訴して犯罪者のレッテルを貼られてしまったばかりでなく収容所に送られてしまいます。

internment.jpgおとなしく国の決定に従わないコレマツ氏は、日系人の立場をより悪くするとして同胞からさえも非難を受けます。

収容所から解放された後、コレマツ氏は西海岸に住むことを許されず、ユタ州に移住します。そこで水のタンクを修理する仕事につきますが、白人同僚の半分の給料しか払われていないことを知り、上司に同額の支払いを求めますが、反対に上司は警察を呼ぶと脅します。

コレマツ氏は職を辞し、希望を失ったまま、その後30年の沈黙を守ることになります。

やがて結婚し子どもにも恵まれますが、その犯罪歴のために職の選択は妨げられました。

そして戦後40年。コレマツ氏は、ピーター・アイロンズという法史研究学者から一通の手紙を受け取ります。手紙の内容は戦時中の資料の中から、日本人がスパイ活動をしていたという事実は無根であり、国が捏造したものであることを発見したというものでした。コレマツ氏はすでに64歳になっていましたが、再び立ち上がる決意をします。

裁判の途中で政府はコレマツ氏に対して特赦を申し出ますが、「私は国からの許しはいらない、許すとするならば、私が国を許すのです。」と述べ戦い続けます。

そして、ついに最高裁は日系人全てに対して謝罪をするにいたります。

コレマツ氏の不屈の精神も素晴らしいですが、他の日系人たちが、おとなしく粛々と強制収容所に向かう中、"If you have the feeling that something is wrong, don't be afraid to speak up."と。すべての日系人が強制収容は不平等だと知りながらも声をあげることのなかった中で、一人断固として収容を拒否する勇気と強さも素晴らしいと思います。(国への忠誠心を示すために収容所から志願して前線で勇敢に戦った人々のあり方も、別の形での戦いであり尊敬します。)

コレマツ氏ばかりでなく、戦時中に投獄されていたコレマツ氏を訪問し、無給で裁判で戦うことを申し出たErnest Besigという弁護士の強さ、正義感にも感動します。

2001年の9/11の際にはコレマツ氏はすでに82歳という高齢にもかかわらず、不当な拘束や投獄を受けていたアラブ系の人々のために、「国は二度と同じ過ちを繰り返してはいけない。」と警告を発し続けます。そして、2005年に亡くなるまで、それは続きます。

コレマツ氏の最後の言葉の一つです。
"I'll never forget my government treating me like this. And I really hope that this will never happen to anybody else because of the way they look, if they look like the enemy of our country". "protest, but not with violence, and don't be afraid to speak up. One person can make a difference, even if it takes forty years." 

http://fredkorematsu.tumblr.com/
コレマツ氏の戦いを描いたコミック・ブック。Anupam Chander氏とMadhavi Sunderさんによって、9/11の後に辛い目にあっているアラブ系の子どもたちのために製作されました。全ページが上記のオンラインで読めます。(かなり長いですが、引き込まれます。)

http://www.aaba-bay.com/aaba/showpage.asp?code=yamamotoarticle
コレマツ氏の写真やその生い立ちがあります。

http://korematsuinstitute.org/
コレマツ氏のサイト

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