2007年4月アーカイブ

Dr.田崎 寛:慶応大医学部卒。同大学病院の泌尿器科教授として活躍したあと、1995年渡米。現在ウエストチェスター・メディカルセンターで、日本人に限らず多くの患者さんを診る。

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NJ生活誌「おしゃべりたんぽぽ」より許可を得て転載しております。「おしゃべりたんぽぽ」はNJ北部に住む日本人女性達がボランティア・スタッフやライターとして女性の視点を生かして作り上げているNJ 州情報満載の生活誌です。「来たばかクラブ」というNJ新米の女性のためのお茶会や、こどものための「おはなし会」など、特にこれからNJ近辺に赴任される方には心強いオープンな活動をしています。

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第7回

日米医療制度と医療費

日本では医療費の高騰が大きな社会問題になっています。一方米国でこのことが一般社会のニュースになることはありません。医療費は個人の問題でTax Returnの時にどれくらいかかって保険会社からどれくらいreimburse されたか、保険はいくらかけているかにだけ関心があります。友人などの話を聞いて、こんなに病院や医者に払っても払い戻しが少ないので、来年は保険会社を変えよう、というのが米国社会一般の医療費に関する話題です。病院や医者への支払いが年々高くなっているのは事実ですが、そのこと自体には患者さんの不満はほとんどありません。

ひと言で言えば、この違いは両国の医療保険制度の根本的相違によります。日本の国民皆保険制度には医療の国家管理という意味がありますが、米国の医療は個人の自由意志が基本です。米国にはSocial Security Numberがあり、日本ではこれを国民総背番号制度と呼んでいます。一方でSocial Securityは社会保障制度と訳されていますが、Social Security Officeでは単に日本の社会保険庁がやっている年金関連の仕事だけでなく医療費の一部支給と連邦税、州税との関係でInternal Revenue, State Tax Officeとも連繋して仕事をしています。日本の医療は厚生省から厚生労働省に名前が変わってもセクショナリズムの基本は変わっていません。国民総背番号制度には依然強い抵抗がありますが、たとえそうなったとしても米国のSocial Security Numberが持つ意味と果たしていることとは違ったものになるでしょう。

診療方式の変化に伴い増大する医療費の負担

日本では高齢化がますます医療費を高騰させるという予想から、高齢者医療の自己負担を増やして、しのごうとしています。しかし医療機関からの支払い請求が増大することは間違いないので、健康保険適応外の医療行為を同一医療機関で行うことを認める方向になるのは必至の状況です。
現行制度では、健康保険を扱う施設では健康保険医という資格が与えられた医師は、認定された医療行為しか出来ません。健康保険医でない美容整形などの医師は、自由診療と呼ばれる独自の診療を医師法の範囲内で行うことができます。つまりその診療行為に対しては、患者さんが自分で費用を負担しなければなりません。

保険診療と自由診療を同一診療施設で、健康保険医と政府が認定した医師が行うことを「混合診療」と呼んでいます。現在でも歯科などでは「この治療は保険がきかないのですがいいですか?」と患者さんの了解を得て行われているのが実情ですが、今後その「混合診療」が公式に認められるとなる
と、健康保険と自由診療の比率が逆転して、例えば90%自由診療、10%保険診療となることも考えられます。そうなると給料から自動的に天引きされている健康保険料があるのに更に差額30%を窓口で取られては、国民皆保険は何の意味もないという声が上がるのは必至です。そこで米国のような民
間保険会社の健康保険に加入するしかないということになります。

アメリカの保険会社が参入できない理由

米国のとくに政府関係者から見ると日本は同盟国と言いながら閉鎖社会、閉鎖経済の国で、自由主義国家とはほど遠いという考えがあると思います。その一つが国民皆保険、これは社会主義ではないか、だからアメリカの保険会社は入る隙がないというのが筋書きのようです。そのpressureが直接大統領から小泉首相にあったとか、いやそれはなかったとか色々情報が飛び交う中で、日米で医療費の計算方式の基本的な違いがあることが指摘されなければなりません。

簡単に言うと日本の医療費は物の値段、米国の医療費は技術に基本を置いているということです。日本の医療機関から基金への支払い請求は、色々言われながらもまだ「積み上げ方式」、例えば胃の手術であれば、手術前に胃の中にチューブを入れておけばいくら、チューブ代がいくら、それを通して洗浄すれば食塩水が1リットルでいくら、抗生物質で感染防止をすればいくら、手術後カテーテルを留置すればいくら、といった調子で天井知らずに医療費を積みあげます。
米国では、物はすべて手術料に含まれ何千ドルというおおまかな数字で請求されます。手術中の麻酔医の技術も、麻酔薬何cc使ったではなく麻酔時間によって技術料として患者さんに直接請求が行きます。米国式の医療費計算を「まるめ」と日本で呼んでいるようですが、この切り替えは半世紀に
わたって点数計算をやって来た日本の病院の医療事務の人たちに簡単に出来ることではなさそうです。

日本の健康保険は物に換算する実例

米国に住む日本人男性なら誰でも経験したことだと思いますが、内科のドクターに行ってもお尻の穴から指を入れられて診察される、直腸診、英語で DRE (Digital Rectal Examination)と言う診察があります。日本では泌尿器科で前立腺の検査にするものと考えられていますが、米国では内科
医でも一般診察の一部として行っています。もちろん素手でやるはずはなく必ずゴム手袋をしますが、日本では使い捨ての時代以前にはゴムサック(指嚢)でやっていました。しかも使用後ナースが洗って乾燥させて何回も使うという状態でしたので、私が病院と交渉して衛生上も人力節約上も一人1回使い捨てにするようにしました。ところが患者さんは帰り際、窓口で10円徴集され、100%健康保険では不満の声も上がる始末、無料にするのに2年もかかりました。

日米どちらが良いのか、今後どのように変わろうとしているのか、ポスト小泉次第で予想は大変難しいと思います。たんぽぽ53号より転載)

Dr.田崎 寛:慶応大医学部卒。同大学病院の泌尿器科教授として活躍したあと、1995年渡米。現在ウエストチェスター・メディカルセンターで、日本人に限らず多くの患者さんを診る。

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NJ生活誌「おしゃべりたんぽぽ」より許可を得て転載しております。「おしゃべりたんぽぽ」はNJ北部に住む日本人女性達がボランティア・スタッフやライターとして女性の視点を生かして作り上げているNJ 州情報満載の生活誌です。「来たばかクラブ」というNJ新米の女性のためのお茶会や、こどものための「おはなし会」など、特にこれからNJ近辺に赴任される方には心強いオープンな活動をしています。

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たまに日本に行って驚くことの一つは、時間の正確さです。ラッシュ時の東京の山の手線では混むこともすさまじい一方で、3分間隔で電車が来るなんて、ニューヨークの地下鉄やメトロでは考えられません。

もっと驚くのは何かの会合で、時間が夕方6時とかで通報されていると、ぴったり6時には開会になります。5分間くらいの遅れはあっても、10分以上開会が遅れることはまずありません。集まって来る人たちもそれを心得ているので、遅れて会場に入って行くと、皆に白い目で見られている感じがします。

日本では交通機関、とくに電車が発達している上に、正確に運行されているので、学校、会社、会合などほとんどすべてのことが定刻どおりに始まり、定刻どおりに終わる習慣が人々の身についているのだと思います。

米国では ”Just a minute”と言われたら「1分待って」と考えるのは大間違い、5分が普通です。”Wait 5 minutes” と言われたら、まず20分は待っても仕方がない、”Please have yourseat”と言われたら、30分や1時間は待つのを覚悟しなければなりません。

この時間感覚の違いは、交通手段が車でも地下鉄でもバスでも、いつどこで遅れても当然と誰しも思っている以上に、街路でも駅でも歩いている間に友達にすれ違っていったん立ち話を始めたら最後、仕事場の話から昔の仲間、家族全員の話まで、10分以上止まらないおしゃべり好きな国民性も大きな要素だと思います。

日本の大病院での待ち時間日本で大学病院に行ったら「3時間待って3分診察」は常識と考えられています。国公立の大病院でも待ち時間は長くて、先生に会う時間はほんの数分という短時間です。

理由として、風邪でも腹具合が一寸悪くても、日本全体が大病院指向になって行ったのが70年代、80年代で、その結果が「3時間待って3分診療」になったのですが、それが悪評のため90年代には大学病院や癌センターのような病院を国が特定機能病院と指定して、開業医などかかりつけの医師の紹介状がないと受け付けないようにして、大病院集中を回避しようとしました。

ところが、これでは「3時間待ち3分診療」はほとんど改善を示しませんでした。最初は大病院で診断がついたら、紹介もとに戻すのがねらいでした。ところがほとんどの患者さんは大病院で診断され治療まで受け、そのまま再来患者として経過観察に通院するようになります。

大病院の医師側にとっても、経過観察は自分のところでやりたいという希望があると同時に、病院経営側にとっては、一旦健康保険で支払い基金との関係が出来れば、金の成る木をよそに渡すことはないという現実的な発想があります。

したがって通院患者がどんどん増える結果、混雑する大病院の外来を交通整理するには先着順の番号札にするしかありません。


紹介状+アポイントなしには行けないアメリカの大病院

米国のとくに大学病院のメデイカル・センターには、医師の紹介状なしには行けません。その上、自分でアポイントメントを取らなければなりません。アポイントメントは何ヶ月も先ということもありますが、紹介医の判断で緊急性があれば早くなります。一旦決まれば「3時間待って3分診療」はあり得ません。つまり充分な診療時間が確保されています。

ではなぜ、日本ではそれが出来ないのでしょうか?一部の専門外来ではアポイント制を取っているところはありますが、その多くは再来の場合で、初診から医師と時間の約束をすることは出来ないのが普通です。大学病院や国公立病院は、すべての人に公平に開かれているべきですが、米国やヨーロッパの病院の様に、患者と医師が個人同志として約束する習慣がないのです。それも元はと言えば、国家管理の健康保険制度が定着している日本と、基本的に個人主義の欧米先進国の違いに帰着するように思います。

米国の大学病院の教授・助教授クラスの医師は、それぞれの専門医として大学内または近くのビルに診療のためのオフイスを持ち、ナースと事務員を雇って患者さんを診ています。それは大学内で開業していることと同じことです。日本の保険制度では、金持ちも生活保護家庭の患者も公平に診るのが原則ですから、初診から時間を約束して診察することは許されないのです。したがって番号札順、遅くなれば3時間待ちくらいは当然なのです。

米国の病院のERでは・・・

ところが米国の医療では金持ちと貧乏人では格差が大きくなるばかり、日本の生活保護に当たるメデイケイドにも入れない違法入国の貧乏人が癌にでもなったら、死ぬのを待つだけです。それでも見かねた家族がER(救急外来)に連れて行きます。ERではナースがTriadという重傷度の3段階に分けます。Gun shotの様なまさに死にかけている患者さんを最優先に、痛くて転げまわっている患者は第2優先、癌患者でもナースが見て緊急性がないと判断されれば、3時間どころか12時間も待たされることもあります。やっと順番が来ても、実際に診てくれるのは学生か若い研修医、治療も彼等に任されられれば良い方で、ナースが処置して帰されるのが普通です。勿論、責任者のドクターは居るはずですが、実際に手を下すことはまずありません。

どっちが実質長い待ち時間?

日本の大病院の外来診療の待ち時間は長く、診療時間は短いのは当分変わりそうにありません。米国では予約日が来るまで待つのは長くても時間をかけて診てもらえるのは良い点です。ただ入院治療が必要となると日本の順番待ちは何ヶ月もかかることが多く、一方米国では保険会社が払うと分ればすぐ入院、払わないとなれば永遠に近く待ち続ける国です。そこで「病院を待つところなりと見つけたり」 もう一句 「待ち時間 短くするのも医者次第」(ひろし)