子どもの可能性を求めて

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chichiko.png 多くの教育評論家が「三つ子の魂、・・・まで」とか、幼児期の教育で子どもたちの
その後の人生が決定しまうかのような言い方をしています。


 確かに、幼児期の教育は大切です。しかし、私は、私見ですが人間の可能性は、命あ
る限り続くのではと考えています。 一度就職して、世界を旅し、医療の必要性を感じ
30歳で医師になった方、80歳前後でノーベル賞等を受賞した方、私が通信制の大学
で学んでいた時の同期の方は70過ぎのご住職さんでした。

 子どもたちの可能性は、内容にもよりますが小学校や中学校の段階では無限に秘めて
いると考えています。

 その可能性を狭くするのも広げるのも、その子のおかれた環境です。

 その環境の最大の要素は「人」です。私が子どものころは、近所のおばあちゃんやおじ
いちゃん、先輩、両親、先生でした。(もちろん、川や山野の自然も)金銭的には貧し
かったけれど、「人」には恵まれた時代でした。

 現在、子どもの立場にたって考えてみるとどうでしょうか。

1 家庭は、心の居場所になっているでしょうか。
2 一番の友だちがメディアになっていないでしょうか。
3 子どもたちは、夢やあこがれをもっているでしょうか。

 今の時代を考えると、これらは、意識して環境を整えていく必要があるのではないで
しょうか。

 家庭は、子どもだけでなく、家族全員にとっても心が安らぐ場所でありたいものです。
私たち大人が忙しく働いて金銭的・物的には豊かになってきました。しかし、心のゆとり
や時間のゆとりに関して、関心が薄れてしまっているようです。

 だからこそ、意識して、安心してくつろげる時間・場所・環境を作る必要を感じます。
例えば、一日の中で1回でも、食事の際 家族全員そろって食べる。月に1回でも、家族
そろって散歩をする。できることから始めればいいのです。

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