2008年11月アーカイブ

miage.gif   前回、「家庭は心の居場所になっているでしょうか。」毎日の生活の中で、できることから始めませんか。と話しました。

 私が最も懸念していることの一つが、「今の子どもたちの一番の友だちがメディアになっていないか。」ということです。

 子どもによっては、平日で4時間以上、休日には16時間以上もメディアに接しているという話も聞きます。1953年頃にテレビが普及し、1983年には、各種のゲームが流行しました。そして、1995年頃になるとインターネット社会が到来し、チャットと称して見えない相手と交流することが簡単にできるようになりました。2010年には携帯電話のものすごい広まりにより、仮想体験が日常的になってきました。学校で学習する総授業時数は800時間~900時間です。その2倍近くの時間をメディアづけになっているのが現実です。


その結果として、体の劣化・心の劣化・脳の劣化が明らかになってきました。また、中学生による無免許運転によるひき逃げや高校生による強盗事件など非社会的・反社会的行動となって新聞報道をにぎわしています。

 これから益々メディアの社会になっていきます。だからこそ、各種のメディアを使いこなす能力が必要になってくるのです。


また、時には、社会に満ち溢れているメディアから離れてみることも大切です。ある町では、町ぐるみでノーテレビーを実践している所があります。その結果、学力が向上してきた、家族の会話が増えた、いろいろな体験をする時間ができたなど、多くの可能性が生まれてきているようです。

 人は、夢やあこがれをもち「生きる」ということに価値を生み出していきます。夢やあこがれは自然発生するものではありません。大人の会話から、いろいろの書物から、テレビ番組から得たものに大きく影響されます。家族の仕事を話してあげるもの一つです。ある子どもは、家でのお父さんは、野球のテレビを見ながら酒を飲んでいるというイメージしかなかったそうです。そこで、お母さんは、内緒で子どもを父親が働いている建築現場につれていきました。そこで、見た父親の姿は、ヘルメットをかぶり大きな図面を広げ、作業員に指示している勇ましい父親でした。


  子どもは父親の働く姿をみて、ぼくも大きくなったらお父さんのようにでっかいビルを作るんだといったそうです。それからのその子も家族も良い方向へと変わっていったことでしょう。

 子どもの可能性を広げるてめに、以下のことが大切と考えます。

1 家庭が心の居場所になるようにしましょう。
2 メディアを有効に活用しましょう。
3 子どもに夢やあこがれをもたせるようにしましょう。

 これらの環境を整えることが大人の責任ではないでしょうか。
chichiko.png 多くの教育評論家が「三つ子の魂、・・・まで」とか、幼児期の教育で子どもたちの
その後の人生が決定しまうかのような言い方をしています。


 確かに、幼児期の教育は大切です。しかし、私は、私見ですが人間の可能性は、命あ
る限り続くのではと考えています。 一度就職して、世界を旅し、医療の必要性を感じ
30歳で医師になった方、80歳前後でノーベル賞等を受賞した方、私が通信制の大学
で学んでいた時の同期の方は70過ぎのご住職さんでした。

 子どもたちの可能性は、内容にもよりますが小学校や中学校の段階では無限に秘めて
いると考えています。

 その可能性を狭くするのも広げるのも、その子のおかれた環境です。

 その環境の最大の要素は「人」です。私が子どものころは、近所のおばあちゃんやおじ
いちゃん、先輩、両親、先生でした。(もちろん、川や山野の自然も)金銭的には貧し
かったけれど、「人」には恵まれた時代でした。

 現在、子どもの立場にたって考えてみるとどうでしょうか。

1 家庭は、心の居場所になっているでしょうか。
2 一番の友だちがメディアになっていないでしょうか。
3 子どもたちは、夢やあこがれをもっているでしょうか。

 今の時代を考えると、これらは、意識して環境を整えていく必要があるのではないで
しょうか。

 家庭は、子どもだけでなく、家族全員にとっても心が安らぐ場所でありたいものです。
私たち大人が忙しく働いて金銭的・物的には豊かになってきました。しかし、心のゆとり
や時間のゆとりに関して、関心が薄れてしまっているようです。

 だからこそ、意識して、安心してくつろげる時間・場所・環境を作る必要を感じます。
例えば、一日の中で1回でも、食事の際 家族全員そろって食べる。月に1回でも、家族
そろって散歩をする。できることから始めればいいのです。