夢・希望 

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s-0045.png今、ひきこもり100万人、ニート、85万人、不登校児童10万人、フリーター400万人ともいわれています。この大きな原因の一つに、将来に対して夢や希望を持てない児童・生徒・若者が増加していることがあげられています。

 

しかし、子どもたちと接していますと、(本校の小学生の将来の夢の一部ですが) 外科医、看護士、介護士、パティシェ、保育士、測量士、プロ野球の選手、漫画家、卓球の選手、など多種多様な返事が返ってきます。夢とは違いますが、水泳で50メートル泳げるようになりたい。陸上大会で自分の記録を伸ばしたい。テストで良い点数を取りたい。このような気持ちを持って学習している子がたくさんいます。子どもは子どもなりに夢や希望を持っています。どんなに小さく、どんなにヘンに思えるものでも、その夢や希望に耳を傾けて聞くと真剣に考えているのです。

 

私たち大人の役割は、

○その子どもたちの声に真摯に耳を傾けてあげること。けっして、「プロ野球の選手、無理、無理などと、言わないこと。」たとえ、困難と思えることでも最後まで話を聞いてあげる姿勢を大切にしてほしい。


○自分の経験や長い間にわたって苦労して夢を実現した人々の生き方などを話してあげてほしい。元プロサッカー選手や歌舞伎役者の話を聞いているときの子どもの目の輝きは本物です。
○毎日の生活の中の成功体験を子どもたちに味あわせてほしい。


逆上がりのできない子どもが1ケ月毎日練習した結果、逆上がりができたときの喜びの顔は忘れられません。全く泳げなかった子が夏休みビート版を使って練習した結果、水泳記録会で25メートル泳ぎ切った時の晴れ晴れとした顔は美しいものです。


 社会情勢が厳しい時代だからこそ、夢や希望を持って生きていける子どもたちを育てていきたい。                      

s-0942.png日本の小・中学校は、まもなく卒業式を迎えます。1年間で子どもたちの成長には、大きなものがあります。そんな子どもたちを見て感じたことを今回は紹介します。

 「雨だれ石をうつ」

という言葉があります。ポタポタ落ちる細く弱い雨、だれでも努力という力によって、固い石にも穴をあけることができるということです。つまり、小さな力でも、それなりに打ちこんで努力すれば、どんな苦難な壁でも突破できるということです。子どもたちを見ていて、「雨だれ石をうつ」そんな結果を出した友だちがたくさんいます。

昨年、作文や絵画コンクールなどですばらしい作品を完成したり、スポーツ大会では多くのいろいろな種目において入賞しました。中には、地区の大会で新記録を出した子もいます。

しかし、その子なりに努力したにもかかわらず結果につながらなかった場合もあります。そんな子も充実した笑顔で1年間を終えることができます。それは、一人ひとりの子どもたちが自分の成長の様子を実感したからかと考えます。

努力して結果出ないときこそ、家族の励ましが大切です。その子の努力の過程やほんの少しの成長を認めてあげることこそが次につながるのです。

『花が咲かないときは、根を伸ばせ』

と言い続けています。

私は、勉強でもスポーツでも、努力すれば必ずや自分にプラスになって帰ってくると信じています。結果は人によって、時間のかかる場合もあります。そんな時こそ、努力の継続をしたいものです。それが目に見えない根を育てているのです。その根は、どんな実になり花が咲くかを考えるととても楽しみになります。

s-0412.png保護者の方から、「子どもがゲームばかりやって困る」という相談を受けます。テレビや雑誌においても、子どもに与える影響の話題がよく出ます。

 テレビゲームやパソコン(インターネット)更には携帯電話等についてこれからの社会は避けて通れないのも事実です。その中のゲームに関して、考えてみたいと思います。

 テレビゲームを全てダメと禁止してしまうのではなく、子どもとよく話しあって、なぜテレビゲームがいけないのかを子ども自身が十分に理解し、納得することが重要であるかと考えます。(もちろん、子どもの年齢や実態に応じて親の係わりの度合いが異なります。)子どもとじっくりと話し合う中で、テレビゲームに関するルールをしっかりと決め、それに従って生活させることが最も大切かと考えます。そして、その両親だけでなく祖父母や友だち関係の保護者も巻き込み共通理解し、同一歩調で子どもたちのしつけにあたることを勧めます。

 日常生活の中で、体全体を使った遊びを体感することにより自然とゲーム世界から脱し切れるのではないでしょうか。生活の余暇の楽しみの一つとしてのゲームの時間にしていく必要があります。(家族で楽しめるゲーム) このような地道な努力をまずは、家庭からしていってはどうでしょうか。

kaku.png  最近の子どもたちが書く文字を見ていると、どこかおかしい文字が多い。字のバランスがとれていないのである。以前は意識して丸文字やマンガ文字を書く子どもはいたが。

  その大きな原因の一つが正しい筆順を身につけていないことがあげられる。これは、パソコン等によりボタンをプシュすると文字が印字されるために筆順を考えて書く必要性が少なくなったことが影響しているようである。

文字は、書き方によっては非常に美しく感じる。私は、書道を好むせいか。筆で書いた文字を見ると同じ文字でも美しさを感じる。文字の勢いやバランス、黒と白の余白には、絵画的なものを垣間見る。

第画から最終画まで順次自然な流れにそって点画を重ねていくことにより、文字が美しく形を整えるのである。この筆順がおろさかになるために、書きあげた文字がどこか形がおかしいのである。

では、どのようにして正しい筆順を身につければよいのだろうか。(指導すればよいのだろうか。)文部科学省から出されている「筆順指導の手引」を見ると、次のような原則が示されている。

  ① 上から下へ
  ② 左から右へ
  ③ 中央を先に書いてから左右
  ④ 主要部分を先に
  ⑤ 横画を先に縦画をあとに
  ⑥ 外囲から内部へ

また、筆勢を利用して自然に次の画へ

筆順は、特例を除いてはほとんどの漢字が前述の原則にあてはまる。

そこで、これらの原則を生かした練習の一例を紹介する。

  ○ 同じ原則の漢字集めをする。
  ○ 画を数えながら書く。
  ○ 目に見えない部分を点で書きながら漢字を完成させる。
  ○ 筆を使って書いてみる。

   漢字そのものの美しさや漢字とひらがなな混じった文の美しさを味わってほしいものである。そこには、絵画的な美を感じるときがあります。

「やる気 」続

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hashiru.png2.満足感や充実感を味わった経験を大切にする。
 
私が海外の日本語学校に勤務していた時、小学1年生から中学3年生までの漢字の読み書きの進級問題集を作成して学年の枠を超えて活用した時があります。学年末には、その子が理解した学年(級)の合格証を一人ひとりに渡しました。
 
全員が達成感を持った漢字学習になっただけでなく、その自信は他の面においても現れました。
 
現在勤務している学校の子どもたち(1年生から4年生)は一輪車が大好きです。乗れるようになるまで時間はかかりますが、練習すれば練習しただけ成果がでて上手に乗れるようになります。お互いに声をかけあって練習しています。一輪車の技ができるようになると同時に子どもたちのなんともいえない表情が心を打ちます。
 

3 その子の成長を認める。どの子も必ず成長しています。けっして他の子と比較しない。

保護者の方で、お兄さんやお姉さんと比較したり同級生と比較する方がいます。この言葉はけっしていい結果は生みま
せん。A子の、B子の、C子の個性はその子の持っているすばらしい才能です。どの子にも伸びようとする資質はあります。
 
それをどの場面でだれが気づかせてあげるかです。

数年前に出会ったある子は、運動が大好きでした。マラソンなどで友だちに抜かされるとその瞬間に動きが止まってし
まうのです。その後は、足が痛いとか朝から調子が悪かったとか言い訳をする子でした。
 
担任の先生はそれを攻めるのではなく、その子をまるごと受容してくれました。2年間かけて、その子の記録の伸びのすばらしさを励まし続けました。
 
小学5年生の時に参加した地区陸上大会の400メートルリレーでは、惜しくも首一つの差で決勝進出はなりませんでした。その時の彼の言葉は忘れません。

「校長先生、バトンパスを工夫すれば来年は決勝間違いないよ。次こそ・・・」
 
その子は今年中学生になり大きな大会で見事入賞を果たしました。陸上だけでなく算数など教科面においても大きな成長をしていったのはもちろんのことです。本人はもちろん、担任の長期的て視野にたった指導の結果です。
 
その子の活躍を新聞で見てあまりのうれしさに転勤して遠くの学校に赴任していった当時の先生に電話をしました。その先生の一言は「その子を信じて、あせらず長い目で励まし続けたからかな。みんなに支えられて指導ができた。感謝しています。」すばらしきかなI子先生。

「やる気」

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yaruki.png保護者の皆さんから「やる気」を育てるにはどうせればよいか、という質問を受けます。やる気を持たせるには、次の3つの要素を大切にしたいものです。

1 好奇心「おもしろそうだ」と興味や関心があれば誰に言われなくても自分から「やってみよう」という気持ちになります。先日、私が勤務している学校に「仙台フィルハーモニー管弦楽団」方が来校して演奏してくれました。その時の、子どもたちの表情は言葉に出ないほどのすばらしいものでした。どの子も時間を忘れ演奏に聴き入り、音楽を体で表現していました。さすが、プロだと感じました。子どもたちは敏感に感じっているのです。

学校生活の中で考えてみますと、A男は、国語や算数の授業に集中しないと担当の先生が悩んでいます。しかし、そのA男が楽しそうに話してくれました。「ぼくね、鮠(はや)を釣るのがうまいんだよ。」そして、魚釣りについてとてもわかりやすく上手に話すのです。授業中に話をしない子とは思えないほどです。

B子は、読書をほとんどしない子です。その子が「珍獣ハンターイモトの動物図鑑」に完全にはまっているのです。わからない語句があると辞書を片手に調べていました。(「珍獣ハンターイモトの動物図鑑」日本の人気番組で発行している本、大人の私も完全にはまっています。)

「好奇心・興味・関心」は、子ども自ら見つける場合もありますが、私たち周囲の者が環境を設定してあげることも大事ではないでしょうか。教育関係者としては、子どもたちの実態を考慮した環境をできるだけ配慮したいと考えているところです。 (続く)

haru.pngあるお母さんの手紙から

 「(略)娘は、お兄ちゃんのたちの影響もあって、幼稚園からそろばんを習いはじめました。今回東北大会へ出場することになりました。その過程で様々な困難に立ち向かい、時には、投げ出してしまいたい心境の中、親として娘にどう言葉をかけてよいものかと迷ったものでした。「がんばれ」とさえ言えず、ただ寄り添い、見守ることしかできませんでした。

~これ以上どうがんばればいいのそんな状況でした~。

「いっそやめてしまえば、気が楽になるよ」そんな母の言葉に、娘はせっかく出場権を手に入れたのに、ここでやめてたまるかあ」と明るく言ったのです。 その結果は、東北大会で入賞するという栄誉を手に入れたのです。今では、成せばなる 成さねばならぬなにごとも 努力にまさる天才なしが口癖となりました。何事にも一生懸命やることの大切さを学んだ出来事でした。」

この手紙から、子どもたちへの自信をつけてあげることのすばらしさを強く感じました。それは、逆上がりや跳び箱ができたという達成感、各種のコンクールで賞をとった喜び、日常の授業で「できた」「わかった」という成就感などを通して、どの子にも味あわせたいものです。その環境を整えてあげることが教師であり保護者の役目かなと感じています。

成せばなる 成さねばならぬなにごとも 努力にまさる天才なし

kakeaga.png
同級生にしばらくぶりに会いました。その友達の話です。
 
彼は、中学校を卒業するとすぐに神奈川県にある工場に就職しました。その会社で36年間働いています。その友達がとてもうれいしことがあったと私に話をしてくれました。
 
それは、「昨年、日本でノーベル物理学賞をもらった先生いる。その先生が研究開発のために使った道具
は、俺が作ったんだ。」と。

彼の仕事は、厚さ1ミリの100分の1の工作機械を作ったり普通の建物の中に宇宙と同じような空間を
作ったりしているそうです。今は、そういう技術を日本だけでなくアジアやヨーロッパの人に教えに時々海外に出かけているようです。現在の職は、「スーパーアドバイザー」私は、すばらしいなと思って、一生懸命話す姿にずっと聞きいっていました。
 
中学をでてからの(16歳から仕事をするということは)頑張りは、大変だったことは想像できます
 
「ずいぶん努力したんだな。」と話すと、こんな言葉が返ってきました。
「仕事でも勉強でもあきらめないこと、難しいことにぶつかっても続けること。そのうちにできるようになる
もんだよ。」

36年間、ものづくり一筋に続けてきたからこそ言える重みのある言葉でした。
miage.gif   前回、「家庭は心の居場所になっているでしょうか。」毎日の生活の中で、できることから始めませんか。と話しました。

 私が最も懸念していることの一つが、「今の子どもたちの一番の友だちがメディアになっていないか。」ということです。

 子どもによっては、平日で4時間以上、休日には16時間以上もメディアに接しているという話も聞きます。1953年頃にテレビが普及し、1983年には、各種のゲームが流行しました。そして、1995年頃になるとインターネット社会が到来し、チャットと称して見えない相手と交流することが簡単にできるようになりました。2010年には携帯電話のものすごい広まりにより、仮想体験が日常的になってきました。学校で学習する総授業時数は800時間~900時間です。その2倍近くの時間をメディアづけになっているのが現実です。


その結果として、体の劣化・心の劣化・脳の劣化が明らかになってきました。また、中学生による無免許運転によるひき逃げや高校生による強盗事件など非社会的・反社会的行動となって新聞報道をにぎわしています。

 これから益々メディアの社会になっていきます。だからこそ、各種のメディアを使いこなす能力が必要になってくるのです。


また、時には、社会に満ち溢れているメディアから離れてみることも大切です。ある町では、町ぐるみでノーテレビーを実践している所があります。その結果、学力が向上してきた、家族の会話が増えた、いろいろな体験をする時間ができたなど、多くの可能性が生まれてきているようです。

 人は、夢やあこがれをもち「生きる」ということに価値を生み出していきます。夢やあこがれは自然発生するものではありません。大人の会話から、いろいろの書物から、テレビ番組から得たものに大きく影響されます。家族の仕事を話してあげるもの一つです。ある子どもは、家でのお父さんは、野球のテレビを見ながら酒を飲んでいるというイメージしかなかったそうです。そこで、お母さんは、内緒で子どもを父親が働いている建築現場につれていきました。そこで、見た父親の姿は、ヘルメットをかぶり大きな図面を広げ、作業員に指示している勇ましい父親でした。


  子どもは父親の働く姿をみて、ぼくも大きくなったらお父さんのようにでっかいビルを作るんだといったそうです。それからのその子も家族も良い方向へと変わっていったことでしょう。

 子どもの可能性を広げるてめに、以下のことが大切と考えます。

1 家庭が心の居場所になるようにしましょう。
2 メディアを有効に活用しましょう。
3 子どもに夢やあこがれをもたせるようにしましょう。

 これらの環境を整えることが大人の責任ではないでしょうか。
chichiko.png 多くの教育評論家が「三つ子の魂、・・・まで」とか、幼児期の教育で子どもたちの
その後の人生が決定しまうかのような言い方をしています。


 確かに、幼児期の教育は大切です。しかし、私は、私見ですが人間の可能性は、命あ
る限り続くのではと考えています。 一度就職して、世界を旅し、医療の必要性を感じ
30歳で医師になった方、80歳前後でノーベル賞等を受賞した方、私が通信制の大学
で学んでいた時の同期の方は70過ぎのご住職さんでした。

 子どもたちの可能性は、内容にもよりますが小学校や中学校の段階では無限に秘めて
いると考えています。

 その可能性を狭くするのも広げるのも、その子のおかれた環境です。

 その環境の最大の要素は「人」です。私が子どものころは、近所のおばあちゃんやおじ
いちゃん、先輩、両親、先生でした。(もちろん、川や山野の自然も)金銭的には貧し
かったけれど、「人」には恵まれた時代でした。

 現在、子どもの立場にたって考えてみるとどうでしょうか。

1 家庭は、心の居場所になっているでしょうか。
2 一番の友だちがメディアになっていないでしょうか。
3 子どもたちは、夢やあこがれをもっているでしょうか。

 今の時代を考えると、これらは、意識して環境を整えていく必要があるのではないで
しょうか。

 家庭は、子どもだけでなく、家族全員にとっても心が安らぐ場所でありたいものです。
私たち大人が忙しく働いて金銭的・物的には豊かになってきました。しかし、心のゆとり
や時間のゆとりに関して、関心が薄れてしまっているようです。

 だからこそ、意識して、安心してくつろげる時間・場所・環境を作る必要を感じます。
例えば、一日の中で1回でも、食事の際 家族全員そろって食べる。月に1回でも、家族
そろって散歩をする。できることから始めればいいのです。

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