叩いて教える叩いてでも教える叩かないで教える

 

しつけ  S子

はじめてお便りします。いま私は6歳と4歳の娘を北カリフォルニアで育てています。

「たたくorたたかない」についてはどちらの意見にも一理あるなと思います。一人一人違った子供を育てているのだから子育ての方法が違ってくるのは当然です。けれど自分とは違った考えを受け入れることはとても大切なことだと思います。それができなければ自分とは違った個性を持っているはずの自分の子供さえ受け入れずに育てていくことになってしまうからです。

「たたくorたたかない」のどちらにしても、問題はそれで子供はしつけられたのかどうかということではないでしょうか?お互いが批判的になるのはしつけられたという結果が相手に見えないからだと思います。難しいのはどんな子供がしつけられた子供なのかということでしょうか。自分自身親にきちんとしつけられた子供だったと自信を込めて言いきれる親がいるでしょうか?しつけの方法がそれぞれ違うように、しつけの目的や規範もそれぞれ違うからお互いに批判的になったりするのではないでしょうか?

親が自分自身の人間関係などの経験から、子供に良かれとする教育がしつけなのだと思います。だからしつけが成功したといえるのは親の理想の子供になったということで、誰から見ても理想の子供というのとは違うと思います。それで、自分ではきちんとしつけをしているつもりでも他人にはそうは見えないことがあるのでしょう。

では、どうしたらいいのか?

子供に愛情と責任を持つこと、そして決して一人では子育てをしないことが今考えられる私の最善の方法です。我が子以外の子供やその親達、子供の先生などをたくさん知ることが子育てには必要だと思います。

育児書の中から見つけた私なりの子育て ベッツイー (英文投稿を翻訳)

妊娠中に、しつけに関するさまざまな本を読みましたが、三者三様、みんな、違う考えだ ったり、全く正反対の答えだったり、友達や家族から得るアドバイスと似たりよったりだ ったり。結局、私が選んだのは「穏やかなしつけ」。決してたたいたり、怒鳴ったりしない…、子供の自尊心を傷つけない。子どもには、自立心を大切にして、社会のルールを学 んでほしいと思っていました。

そして、娘がは2才になりましたが、穏やかな子育てなんてとんでもない!まるで、ラマ ーズ法の呼吸法を万全にマスターして出産に望んだのに、全く役に立たなかったようなも のでした。本って、現実を正確にとらえているとは限らないって思いました。 難しいと思うのは、親から学んだ常識と、現在の子育ての常識が随分違ってきていること 。昔は、いかに子どもを上手にコントロールするのかが一般的な子育てに関する考えでし た。でも、私は、それはいやです。お互いに尊重しあう関係がいいと思っています。 とは言うものの、うまく行かないことも多い。レストランで娘がウロチョロしたり、大声 を張り上げたりした時、知ってる限りの、ありとあらゆるしつけ法を試してみても効き目がないことがあります。周りの『どうして自分の子をコントロールできないの』という視線を浴びると、昔、母が私を叱ったように「座らないと、後が怖いよ。」と娘を怒鳴りつ けることができたらどんなにいいかと思ったりもします。

そうしないためには、忍耐がいります。ときにはフラストレ−ションから自分がまるで2 才の子のような行動さえとっていることに気づいたりもして…。どなりつけたり、たたき こそしないけど、必要以上に娘の腕をきつくにぎったり、荒々しく押し退けたり…。 でもね、娘は、今、赤ちゃん期から幼児期への混沌とした世界の中で、一生懸命、成長し ていることを常に心にとめていれば、辛抱強く対処することができると思っています。

今も、いろいろな育児書を読みながらも、自分の心に耳を傾け、正しいと思う道を模索し 続けています。そしてたとて思うように行かなくても、罪の意識を持たないようにと思っ ています。

おしりを叩くことについて  Chib

はじめまして。カナダに住む日本人とオランダ人(主人)のカップルです。二歳半の娘がいますが、トラブル トゥーの真っ只中で、ごくまれですが、主人が彼女のお尻を叩くことがあります。と言っても”お尻ペンペン”と可愛いものですが、彼女にとっては一大事ですよ。後で私が主人を叱る(叩きませんよ!もちろん)んですが、母親にしか分からない感ってあるじゃないですか。

わたしが思うには、叩かれた後の彼女の行動はオドオドした感じで、これじゃしつけにはなりませんね。たんなる脅しです。やくざにいきなりわけの分からない文句いわれてシュンとなっている大人と同じ、態度と心は裏腹ですね。


そうそう、丁度子育てマガジンにリサーチ(1ー4歳児対象)が載ってましたが、叩き叱る事は、子どもの学習意欲、脳の発達、知能指数になんらかの影響があるそうですよ。(詳しくはパレンティング二月号ファミリーリポーターコラムを読んで)

たたきません・・・今のところ・・・  ピリケン

私は今のところ叩かない育児です。理由は他の叩かないママと同じです。私自身親から叩かれたことはありません。主人は叩かれた事はあるらしいです。しょっちゅうではないといってましたが・・・。主人に聞くと”そのうち叩かないといけない時がくるかもね”って言ってました。そうなのかな・・・。


私の息子(2才7ヶ月)も少し前迄は人を叩いたりしませんでした。でも、最近”反撃”にでます。おもちゃの取り合いになったりするときも、喧嘩してたりします。よくみてるとすぐに決着がつくみたいですが・・・。でも、やはり外に出ると、特にコミュニケーションを上手に取れない子供らしき子に理由なく叩かれます。言葉で相手に自分の要求を伝えきれない場合、手がでるみたいです。きっと、私には”理由無く”見えるのでしょうが、その子にはちゃんとした”理由”があるのでしょう。

きっと、これは子供も大人も同じなんだな、と思います。コミュニケーションがとれないと感じた時に”手”がでるのでしょう。何時それを感じるかは、ストレスの度合いによって違うのでしょうね。友人はあまりに腹が立った時自分自身が”タイムアウト”するらしいです。トイレに篭るそうですよ。


私はなるべく子供に、”言葉”を教えるようにしてきました。自分の意志を伝えられるように
そして、いらいらしたとしても絶対人や”物”にあたらないことも。私は息子に”人”も”物”も大切にするように躾ています(躾ているつもり・・・)。”人”に対してはとても気遣うママでも”物”に対しては寛大な方がたまにいるようです。でも、小さい子供に”人”は駄目で”物”ならいいのですか?!って少し私は考えます。私の息子は自分のミニカーや電車やヌイグルミを友達のように思っている様に感じます。”物”が大切にできないと、”人”も大切にできないのでは?って思ったの。


”お友達”である電車を傷つけることを許してしまうと、”人”である”お友達”も傷つけて
しまうのでは?って・・・。考えすぎかもしれませんが、私の思うところです。ただ、気になるのが最近息子がお友達にやられると”反撃”に出る事です。私は”やられた”からといって”やりかえす”様に躾るつもりはありませんし、今までも”やられた”といって泣いていたら、慰めてから”泣いていては相手に判らないよ、いやだったら、やめてといいなさい。叩かないでっていいなさい。”って言葉で伝えるように言ってきました。まだ、小さいのでひどい喧嘩にはなりませんが、大きくなるにつれ喧嘩も派手になってくることかと思います。

テーマとは外れますが、皆さん子供の喧嘩に対してどのように対処していますか?やられて帰ってきた時どのように慰めて励ましてますか?また、故意であれ故意でない時であれ、怪我をさせられた時どのように対処していますか?(これは喧嘩の時以外でも・・・)
私の友人の子が滑り台で階段を上ろうとしていた時、上で喧嘩していた子が一人を突き飛ばして、その子もろとも下に転落してしまったのです。上にいた子は興奮して血を出すし、下に落ちた子は立てなくなるし、友人の子は頭を打つしで、大変でした。


ちなみに喧嘩していたのは兄弟で、母親は家にいました。子供は幼稚園児でした。その子達に聞くと、母親は一度も自分達を遊びに連れてきた事がないらしく、いつも二人なのだそうです。怪我をしてもなんとか二人で帰るらしいです。今回は兄が歩けなかったので、母親を呼んできたのですが、謝りもしない人でした。結局友人は、その人の連絡先も聞かずに帰ったそうですが・・・。


この話を聞いてなんとなく不甲斐なさを感じました。私はまだそういったことが無いので
すが、皆さんならどうされますか?相手が頼りない方の場合どうされてますか?また教えてくださいね。


少しやんちゃな男の子を持つ友人は、相手に怪我をさせた時の保険に入っているそうです。私の息子はそんなに”やんちゃ”ではありませんが、そろそろ考えようかと思っています。


愛のムチ  Nick Yamada


愛のムチとか、愛情があってたたくとかいいますけど、今の私には?って感じです。たたく者とたたかれる者の間に信頼関係がないとたたくことはただの暴力になってしまうような気がするんです。今私の長男は3歳。私たち日々信頼関係を築きあげている最中なんです。だから私は叩きません。話せばわかります。

躾について  Jean-Pierre


私はまだ10ヵ月の息子の母親なのでえらそうなことは言えません。ただ「男の子のママって」や他の方のメールを読んで思ったことは、これは母親同士の関係の問題じゃないですか?子ども同士はすぐ忘れてしまうのではないでしょうか?いろんなタイプのお母さんがいるのだから子育ての方針はみな違うのはあたりまえだし、合わないのもしょうがないと思います。そのうち子ども同士で仲良しをみつけると思います。ただ仲良しのお母さんを見つけるのは大変ですね。


うちの子はどちらかというと泣かしてしまうほうになる確率のほうが高いと思います。生まれたときから本当に強い子なので。でも、私は優しいだけの男の子にはなってほしくないので、今の時期乱暴にみえるくらいでもいいと思っています。(これには私なりの理由があります。)悪気がないのは私がちゃんとわかってますから。子どもによって言葉で自分の気持ちをちゃんと表現できる子、体で表現する子、あるいは言葉によってひとを傷つける子、暴力で傷つける子、いろいろだと思います。状況はそれぞれ違うでしょうから、いきなり知らない子や、年上の子に叩かれたりした場合はもちろん怒るのは当たり前だと思いますけど。


私がいちばんきらいなのは、よく「育ちが悪い」とか、「親のしつけが悪い」とか言うひとがいることです。私は他人がこういうことを絶対いうべきではないと思います。言われた子どもは本当に傷つくと思います。大人の私でも傷つきます。完璧な親なんていません。「男の子のママはおかしい」ってことはないし(だって両方のママだっているんですから)私は姉妹だったので確かに男の子のパワーってすごいなとびっくりすることはあります。でも私自身小さいころはいつも男の子とばっかり遊んでました。けんかもしてましたよ。今の時代とは状況が違うかもしれませんが。夫の学校生活(N.Y.育ちです)の話を聞くと、息子にはとにかく精神的に強い子になってほしいです。(さっきの私なりの理由の一部です)

まとまりのないメールで失礼しました。

 

具志堅さんのお母さん 投稿者:マンモス 投稿日:01月27日(水)11時48分49秒

 先日、テレビで、元プロボクシングの世界チャンピオンの具志堅さんが出ていた。沖縄出身の方で、人のよさそうな、子ども好きの、すっごく優しいオッチャン風の方で、とてもボクシングをやっているとは思えない。具志堅さんが子どものころは、ものすごい腕白坊主だったんだって。あまりにもひどくて、具志堅さんのお母さんは、たたかないとこの子はだめになるって、たたいて育てたと言う。すごくたくましそうなオッカサンタイプだから、きっと、具志堅さんは、バシバシたたかれてたと思う。

でも、それでもお母さんが大好きで、いつもまとわりつくように、お母さんのあとを追いかけていたんだって。具志堅さんがプロになったとき、大反対したお母さんだったけど、試合にはいつも見にきていた。{勝ったら、家あちゃんにかあちゃんに、金もってきてやるからな、
待ってろ}って、いつもお母さんに言ってたんだって。

貧しい家だったんだと思う。 具志堅さんの話を聞いていると、たたいて育てるなかに、
母親の愛情が痛いほど込められているように思う。たたいて育てる、たたかないで育てる、いろいろな育て方があっていいんじゃないかなって、すごく思ったよ。

 

叩く、叩かない 投稿者:みき  投稿日:01月27日(水)16時40分05秒

愛のムチとか、愛情をもってたたくとか、、って聞きますが、今の私には?って感じです。叩く者と叩かれる者との間に信頼関係がなければただの暴力になってしまうと思います。私の長男は今3歳。日々彼との信頼関係を築いている最中です。だから私は叩きません。
彼がもっと大人になって、信頼関係が築けたなと思えて、で、彼がとんでもないことをしたとき叩くかもしれません。

「男の子のママって....」で批判されていた「男の子のお母さん」に代わって

「男の子のママっておかしい」「男の子なら悪気があっても叩いてもいいの?」「叩く子供の親は子供を叩く」といった意見が出ていましたが.....女の子を持つお母様達から見れば、時に男の子のお母さんというのは大ざっぱで手荒かもしれません。言葉も足りないかもしれません。投げやりに見えるかもしれません。

お嬢さんが遊び仲間の男の子の悪意ある「叩き」にあって泣かされたという方の体験談を読み、男の子のお母さんの対応が他人のものとは思えませんでした。私も自分では気がつかないところで、女の子を持つお母さんに迷惑をかけているのかなと思いました。

私は自分の息子が仮に女の子を叩いてしまったとしても、彼に悪意があったかないかまでは見抜けないだろうと思います。つい、『5歳の男の子が、相手を痛めつけることで自分が優位に立とう、相手を自分に従わせようと考えてはいないだろう』とか『オトナなら痛い目に遭わせたてやろうと思って叩きもするが、コドモはそうではない』とかオトナの目線で勝手に推測してしまいます。ゆえに5歳の彼が持つ「悪意」などは予測できないのです。

女の子のお母様が心配げにしている手前「なんでアンタ、あの娘を叩いて泣かすの?」と息子に問いただしたりはしますが、心の中では「どうせ意志の疎通や表現が上手くいかなくてもどかしかったか、悔しさを表現する方法が他にわからなかったんだろう」と呟いているのです。


そして「理由はどうあれさ、他の人を叩いて痛い目に遭わせちゃダメだよ。こうされたらアンタだって痛いだろ?」と言って息子のアタマをゴンとやります。万が一にも息子が「今、マミィは他の人を痛い目に遭わせちゃダメだって言ったのに僕を叩いて痛い目に遭わせた」なんてオトナのような理屈をこねることができたら、「マミィはいいんだよ、オトナだから。オトナは悪いことをしたコドモを叱るんだから。悔しかったらアンタも早くオトナになりなさい」と言い返すでしょう。そして被害者の女の子とそのお母様に向かって「ごめんなさいね、アナタはこんなにいい子なのに、私のバカ息子がアナタを叩いちゃって」とお詫びするに決まっています。

それから家に帰って、現在別居中のダンナに代わり、いつもの通りギンガマンごっこに付き合ったり、ウルトラマンガイアの変身方法を教わったりするのです。

どうです?まるでSWの特集に出ていた「男の子のママって....」で批判されていた「男の子のお母さん」と同じでしょう?こんなものなのです。「女の子のお母様」や「叩かない」方針を選択されたお母様からすると、私は本当にがさつで暴力的な母親かも知れません。けれども、私は息子をabuseしているつもりはないのです。オトナとしてコドモに必要なdisciplineを、オトナになっても必要なdisciplineを身につけさせている、「こうすることで彼は後々、満足するだろう」と自分では信じているのですから処置無しです。

たおやかなお母様方は私と息子のような母子とは関わり合いにならないほうがよろしいかと思います。

友達関係の親子は大きくなった時苦労する

岩手 佐藤佳子

元小学校、中学校教師をしていた経験から一言、言わせてください。暴力的に言えば、親は徹底的にたたいて育ててほしいと思います。よく理解ある親のふりをして「先生、悪い ことをしたら、うちの子、どんどんたたいてください。」と言う親がいますが、これは、 恥ずかしいことだと思ってほしいです。7才にもなって、先生にたたかれるような育て方をしてはいけないんです。小学校へ入る前に親がきちんとしつけてれば、普通の子に育つはずなんです。

それと投書を読んでておもしろいなぁと思ったのは、「私は親にたたかれて育った」 という人ばかりなんですよ。私もたたかれて育った方なんですが、ようするに、昔の親は、よくたたきました。星一徹のように。たたかれて、そこから子ども心に何かを学んだんです。

ところが、今の親は、我が子とまるでお友達です。話し合いの信頼関係と言うと、聞こえはいいのですが、その結果、子どもは世の中にこわいものなどまるでなく、よその大人に 対しても生意気で、へりくつばかりこねまわすガキになってしまうと思います。

こう言えるのも、家庭訪問で子どもたちの家庭、兄弟を見てきたからです。親は、兄弟みな性格が違うと言いますが、それは、うちにも3人の子どもがいるからわかります。でも 、先生の目から見ると、家庭特有の雰囲気や色があって、例えば、小6、小1、3才の兄 弟がいたとすると、小6の子と3才の子が似ているんです。素直で明るい感じとか、乱暴的とか、やはり、昔から言われるように、3才までが勝負だと思います。私が思うに、親は子どもの前にたちはだかる大きな壁でいなればならないと思います。対等になるのは、20才過ぎてからで十分ではないでしょうか。

教師生活で学んだ一番の収穫は、叱り方です。一日中、怒ったり、たたいたりしてはダメ で、たまにガツンとやって「太陽のようにニコニコしているあの優しい先生」がたたいたと、心にショックを与えることです。だから、お母さんは、普段はずっ−とだっこしたり、歌を歌ったりしていればいいと思います。

中学生を見てみると、優しく厳しい親に育てられた子は、素直に育っています。子どもの時には友達関係だった親子は、子どもの背が親を越し、親を見下ろしてお金をせびったり 、なぐったりしています。

父親が仕事人間で、母親の考え方優先で育てられた子も、ロクな子になりません。母親は 世の中の厳しさからすぐ子どもを守ろうとしてしまうからです。だから、たたいてばかり の父親でも「世の中、おまえの思いどおりにはならないぞ」と、教えてくれているわけで 、これは、立派な子育てに参加しています。者を買うばかりの父親より、よほど子どものためです。

あふれる愛情で子育てを

千葉 ミッフィー

私が初めて子ども産んだのは、20才の頃でした。渋谷のすぐ近くに住んでいたのと、若いということもあって、毎日、自分だけの時間が持てないことや、おしゃれができないこ とで、いつもイライラして、少しの事でも子どもに手をあげていたように思います。どな ってたたいて、自分の言っていることをムリに納得させる毎日でした。今から考えれば、子どもを心からかわいいと思えなかったような気がします。

その息子も11才になりました。とてもやさしい子に育ちましたが、気弱なところもあり 、未だに私がどなるとビクッとして、私よりも力が強いくせに、小さくなってしまいます 。その9年後、私はずっとほしかった女の子を産みました。今は、本当に悪いことをした ときだけ、おしりをたたくようにしています。今は二人の子どもたちが心からかわいいと 思えるので、自然とたたくよりも話を聞くという形になります。

娘は上の子とはまったく違う性格に育ち、少しぐらい怒られても回避する方法をわかって います。上の子よりも言葉が早いせいで、今2才2か月ですが、自分の気持ちも怒られる ことになった理由も話せます。2才ぐらいではわからないのでは…というお便りもありま したが、私も上の子の時は、まだ話せなかったので、そう思っていましたが、話せないだけで、きっとわかっていたんだろうなと思っています。

今思うことは、危ないことをしたときなどは、おしりをたたいても良いけれど、それ以外の時は、「○○ちゃんは、こうしたかったのネ。でも、それはいけませんヨ」と必ず、子 どもの気持ちを代弁してからしかるようにしています。

みなさん、2〜3才が一番、大切な時期だと私は信じています。たたく、たたかないより も、たくさんのあふれる愛情を子どもたちにそそいであげてください。これが私が11年 間、子育てしてきて、一番大切に思っていることです。

私はたたきません

わすれなぐさ

たたく、たたかないについて、何が正しいいていう答えは、出ないものだと思いますが、 私の場合、たたかない派です。理由はふたつあって、ひとつは、「たたかれるからやらな い子」になって欲しくないからです。自分自身で考えて、やってはいけないことだから、 やらない人になってほしいからです。もうひとつは、私は理性的にたたけません。自分が イライラしているときに、つい手が出てしまって、それは予想以上に力が入っていたりし ます。そんなわけで、私は絶対、子どもはたたかないと、固く心に決めています。

それと、今、子どもは、2才1か月ですが「人の話を理解できない」ということはありま せん。十分理解します。この間も、小児科の待合室の遊び場で、気に入ったおもちゃがあ って、絶対帰ろうとしませんでしたが、駐車場が混んでいて、次に来る人が困ると(実際 、私たちも午前中は、車を止められなくて諦めて午後、出直したのですが)を話すと納得 して、すぐおもちゃをかたずけに行きました。

もちろん生まれた頃から人に迷惑をかけそうな時とか、自分や他人の身に危険なことをしそうな時は、必ず、なぜいけないのかを説明し、その場を立ち去るようにしました。私の方 も「待つ」という忍耐を必要としますが、今のところ「たたいてでも教えなければならな い」場面に遭遇しません。今後、どうなるかわかりまんが。ただ、人に迷惑をかけるかも しれないギリギリのところまで「待つ」私に、夫はときどきイライラするようですが。

大人の理屈は子どもには通ぜず

ファニ−のママ

私個人としては、たたかないで教える方針です。「危険を教えるのに、たたく必要はない 。悪いことをした子どもをたたいても人の痛みを教えることはできない。」と思っていま す。

アメリカから日本に帰ってきて、私は日本の親が子どもをちょっとしたことでたたいてい るのに呆然としました。「このお手手がいけないのね。」と言っては、ペンペン「ダメよ 、こんなことをしては」頭をペン。 その人たちは、それが何気ないことであり、当たり前のことなのでしょう。それらの子どもたちは、たたかれるのに慣れているせいか、自分達よりも小さくて弱いも のをたたく傾向があります。とにかく日本の子どもたちはよくたたくので、びっくりし ました。

最初、わけがわからなかった私と娘でしたが、そのうち娘がまねをして、私を一回興味本位でたたきました。私は娘の手をおさえ「どうしてたたくの?ママは痛いよ。」と目をみ つめ、本気で怒った顔をしました。すると娘は、涙をいっぱいためて泣きだしそうになっ たので、私は思わず抱きしめて「もうしないね。いい子ね。」と背中もなでなですると、 泣きだした娘も落ちつき、にっこりしました。その一件のみでした。たたかれた人が痛いからと教えるために、そのたたいた子をたたくのは、逆効果と思います。

娘が一一才過ぎのころ、3才ぐらいの男の子が近くに駆け寄ってきました。その男の子は 、石につまずいて転んでしまった後、すごい勢いでひとりで立っていた娘をたたきに来たのです。何回もたたいて娘を転ばせ、起き上がろうとすると、おもしろがってまたたたいて転がしました。私は遠くで見て、びっくりして傍に寄って止めました。 「どうしてたたくの?○○んが痛いって泣いているでしょ。」と聞いたところ、その男の 子は、「ぼくだって痛かったんだよ。」と平然と言ってのけたのです。自分が痛かったら 人をたたくなんて…。どういう理屈なんでしょう。

その時は、わかりませんでしたが、その子の親は、その子がよその子をたたいた後、その子をしかってたたいてみせたのです。「痛いでしょ。○○ちゃんは痛かったんだよ。」と 、人の痛みを教えたつもりだったのでしょう、大人にその理屈が通じるのですが、子ども が自分が叩かれて痛いばかり。人の痛みがわかないのです。

子どもは、大人以上に物事をよくわかっています。大人のしていることをよく見ている。 でも、大人の理屈は、理解できないのです。たたくことはいけないことだと大人はいいな がら、それを教えるためにたたいても、子どもには矛盾だらけにちがいありません。

むしろ、たたかなくても、子どもたちには十分通じるものがあります。親の真剣なまなざ しと態度です。そして、叱ったあと、子どもを抱きしめて、子どもを愛していることを身をもって知らせてやることです。

<親が子どもをたたくとき>

私も一回だけ、プッツン切れてたたいたことがあります。夫が主張で5〜6日いなくて、 子どもと二人っきりで疲れ果てていた。家事、育児に明け暮れて、子どもは言うことをきかない。大抵のことは多めに見ていた私だが、理性もふっとんで「なんでそんなこと をするの!」とどなって頭をバシッットたたいてしまったことがありました。

確かにどなったりたたいたりすることは、。子どもに言うことを一時的に聞かせるのに効果があるのかもしれません。どなる母親は、あどなることによってストレスを発散できる のでしょう。しかし、私はすぐ後悔しました。母親が精神面で疲れていたり、いらいらし たり、しなくてはならないことが山ほどあったり、くたくたになったりした時、密室育児 になったりしたときに手が出そうになるのだと思います。思いっきりどなったなり、たたいたりしたら、どんなにすっきりするかしらと、頭をよぎることだってあります。

実際、下の子が生まれてから、上の子をどなったりして、叱ることが多くなってきました 。上の子が赤ちゃん返りしたりしているのを見ると、やっぱり愛情に飢えているように思 えてイライラしながらも、ずっと甘えさせてきました。でも、最近、もうすぐ3才になる のに「くつぐらい自分ではいてよ」「自分でズボンくらいはけるでしょ」とかおむつがとれてもいいころなのに、「どうしておしっこ言えないの!」とか堪忍袋の緒が切れた状態にあります。

そこで、まず、家事や外でしなくてはならない用事(銀行、郵便局、スーパー)は、根を詰めてやっていたのをできるだけ減らすよう努めました。娘とボウーとしたり「遊ぼう」 とおもちゃを出したり、本を読んだり、歌を歌ったり、寝ころがったり、何もしない時間 を作りました。一見、むだとされることって、実は、とてつもなく重要だったりっするん ですね。

心にゆとりが出てきたのか、私も娘にイライラすることが減ってきたように思います。も ちろん夫の家事、育児の参加の効力は大です。

夫婦げんかをした時、今までに私は夫のほおをなぐったことが何回かあります。夫はうろたえつつも「どうしてなぐるんだ?」と、たずねたので、私は怒り狂って「言ってもわか らないからよ」とどなったことがあります。「離婚してやる!」と暴言をはいた私を、何 と彼は思いっきり抱きしめたのです。「気がすむまでなぐっていい。さあ、なぐれ!」こ う言われると、なぐる気も失せるんですねぇ。夫は抱きしめたまま「ぼくは、○○ちゃん が(私のことです)好きなんだ。」「好きだよ」と言われては、気が抜けるんですよね。

そうなんです。私は自分のちちによく叩かれて育ちました。今でも憎しみだけが残って、 愛情は感じません。ところがどんな時でも、夫はたたかないのです。彼は叩かれ育ってい ないのです。温和な両親と家族に、とてもうらやましく思います。そして、かえって抱き しめて愛情を示される方が、心にずしっとひびくものなんですねぇ。私も子どもたちを彼のように育てたいと願っています。

大声で叫んでも結果は悪くなるばかり

ケンタッキー州 ケイコ

これだけは、譲れません!!と言っても、みんなにお薦めするほど自信があるわけではあ りません。ただ私の子どもたちは、叩いて育てられたくありません。

確かに、2才では人の話は完璧に理解できないかもしれない。でも同じように「自分が痛 いから、人も痛い」ということも、親から叩かれてしることはできません。(いろいろな 本に書かれています)。ただ親も手本として育っている子どもに「怒ったらたたいてもよ い」「たたくことは正しいことだ」と教えているだけです。「『暴力は正義だ』と。善悪 の判断は、きちんと言葉でわかろうとわかるまいと教えてゆきたいと思っています。

…と言うわけで、暴力はふるわず育てている私ですが、キーとなって、がなりたててしか ったこともしばしばあります。でも、頭の血管が切れるほど大声で叫んでんでも、結果は悪 くなるばかり。3才児にわかるのは、怒られたという事実だけでした。「たたく」という ことも、おなじことも。同じことではないでしょうか?「冷静に、誰にも譲れないことは 、途中で譲ったりしない」というのが、わが娘には一番効果的でした。

いろんなタイプの子どもがいるだろうし(こう言われるとすごいしゃくだし、私は言いた くないけど)、女の子の方がよく言うことを聞くらしいので、断言できませんが。今、8 ヵ月の息子も、なるべくたたいて育てたくないと、とりあえず思っています。

 

たたかれなくて隠れてするように

めぐみ

いろいろ考えさせられますが、どちらかと言うと、私はたたかない方です。でも息子が生まれたころは、たたいてでも教えると思っていました。息子が大きくなって、親から見る といたずらと思うことをして言っても聞かない時は、軽くたたいて「ダメ!」と言ってい たのですが、そのうちだんだんと力が入ってきて、たたく所も、手から頭、時々、顔をた たくこともあり、本当に小さなことでもたたくようになってしまったのです。もちろん息 子は、ダメと言うとしなくなりました。

でも、ある日、気がつきました。しなくなったのではなくて、私に隠れてやり、私に見つ かりそうになるのが嫌で、しなくなっただけでした。それを見て決心しました。よほどの ことがない限り、たたくのをやめようと。よほどのことは、自分や他人の命にかかわるこ と。また、病院のお世話になりそうなことと思っています。

たたいて躾けると言う方のお手紙を読んでいると、理性的にたたいているように思えます が、私にはできません。以前のように自分の気持ちに左右されるのではと思います。皆さ んは、そういう時はないのでしょうか?

息子は今1才8ヵ月ですが、言葉が少しゆっくりで、まだあまり話せません。でも言って いる事は随分わかってきています。確かに中には、たたかなくてはわからない子もいるで しょう。でも、もしかしたらわかっているかもしれません。こちらは本当に言ってもわか らないんだからと思っていても母親に別の形で接してもらいたくて、わざとやっているか もしれない。そんな時、気づいてやれずに、いつもみたいにたたいていたら…と思うと怖 くなります。

子どもは十人十色、それに関わる親も十人十色。親と子どもの性格がピッタリくるとは限 りませんが、できるだけ、子どもの気持ちを感じとってあげられたらと思います。今の息 子には、たたかずに教える方が会っていると思います。もちろん2才、3才ともっと自我 が芽生えてきたら(反抗期という言葉は好きではありません)、どうなるかわかりません 。もしかしたら、たたくことも多くなるかもしれません。でも、その時の息子に会った教 え方をしていきたいと、これだけは心に決めています。

愛情持って、各家庭でのやり方で

ガッチャマン

    …子育てには、絶対間違っているということは、少ないと思います。絶対に間違っているのは、愛情のないところから全て発していて、愛情をもって接していれば、方法はどうで あれ、子どもはまっとうに育つ気がします。子どもにはそれだけの浄化作用が身体や心に 組み込まれていると信じたい。そうでないと、親は子どもを産めなくなります。たたくこ とも程度問題もあるけど、普通の親子関係で神経質になりすぎず、各家庭のやり方でいい と思います。

 

叱るとき親の主張は明確に

橋本加奈子

私は、自他とも認める甘く厳しい母です。長男にはとことん付き合います。下の赤ん坊を 背負って、サッカーのパスをしたりします。もちろん頼まれれば、そして、できる状況な ら、必ず長男を抱っこしたり、おんぶしたりします。 が、長男がたとえば、人の心を傷つけるような発言、行動をして( 故意のあるなしにかかわらず) 、謝らないときは、張り倒します。そして、きっちり「〇〇が、□□ したことが△△さんにとってっは、〜だとお母さんは思う」と言います。2才代の頃から変わらずです。  

今時のお母さんは、子どもの理解度に非常にこだわっていますが、理解なんてあとからついてくるもので、子どもが感じ取っていくのが先だと思うのです。近所の子で気になるのは「〇〇ちゃんが△△した。叱ってやって。」と言ってくるくせに、自分が物を壊して謝らなかったり、下の娘を抱いて、歩いて落としてタンコブを作っても謝らな かったり。う〜ん、大人みたいというか、大人の物差しと赤ん坊のキャラを持った子が、 多いナー。

親の言うことが矛盾 

Mamie

男の子のママって何でああなんでしょう!聞いてください。みなさん!二才二ヵ月の娘の お友達は、男の子ばかり。引っ込み思案タイプの娘は、いつも少し離れた所で皆の遊びを 見ていますが、よくたたかれるんです。私は「絶対に人をたたいてはダメ!」と娘に言っ ているので、その度に、その子ども達に言って聞かせるのですが、ママたちは余り注意を しないんですよネ。そして娘が泣き出すと、「何度言ってもわからないんだから。」とそ の子をたたくんです。その後決まって、「悪気はないのよ。」と言う。

うちの子は絶対人をたたいたりしないのよ、と言うと「それは、せなちゃん(娘)がお利 口だからでしょう?それにうちの子は男の子だし。」と返ってくる。でもちょっと待って !だっったあ悪気がなかったら、男の子なら人をたたいてもいいの?謝らなくてもいいの ?そんなの変だよ!それに「たたいちゃダメ」と言っているママが自分の子をたたくなん て矛盾してる。

悪いことをしたら、まず目を見て厳しい顔で、なぜ怒られたのか、なぜそれがダメなのか を教え「もうしないね。」と返事をするまで聞き、それから「あやまろうね。」というス タイルをハイハイの頃から繰り返してきました。だから、娘は大体のことは従い、気分が 悪いと感じれば自分から謝るし、納得しない時は決して謝りません。 「言うことを聞かせたい時は、たたく。」「たたかれると痛いから言うことを聞く。」そ れって違うよネ。このことを話し合いたくても話をそらされちゃって。男の子でも女の子 でも、善悪は教えることが当然だと思うんでう。「信念のない子育て」を書かれたフロス ト峰子さんが、やっと見つけた仲間のように思えて、すごくうれしかった。たたかないしつけが最良かと言われると、私にはわかりませんが、信念を持つってことはやっぱり大切 ですよね。

 

いつどう叱るか見極める

芳江

丸山さんの気持ちはわかります。私も、父に虐待を受けて育ちました。私は、あざ程度で はなく、命がけでした。母がなぐられるのを見、いつ殺されるかといつも思っていました 。それでもたたいてでも教えることと、暴力とは違うことだと判断しています。丸山さん のお母さんが、あなたをどれだけ愛しているかによって、また、あなたがどう愛を受け取 ったかによって、たたかれてでもと暴力とに分かれると思います。

私は、父には、愛情を感じたことはありません。でも母はすきでっす。父からどんなに殴 られても、道をふみはずす事なく成長できたのは、母の愛情があったからだと思います。

私は中学1年生の時、兄が死に、家の中は目茶苦茶でした。中3の頃から学校をさぼりはじめ、ある日、母とケンカして、飛び出すように学校へ行きました。帰ってみると、玄関に お弁当が投げ散らばっていました。中身が目茶苦茶になって、私の好きな赤いお箸が折れ ていました。その箸は、母から中学に入学したお祝いに「うちは貧しくて、箸しか買って やれないけど、明日から毎日お弁当を作るから、この箸で食べなさい。」と買ってもらっ た箸でした。その箸が折れていた。それを見た時、涙がこぼれて止まりませんでした。母 を絶対に泣かせてはいけないと、その時、初めて母の愛情を感じました。

『子どもが人をたたくとする。そしたら「今、人をたたいたその手が痛いのと同じ位、も しかしたらもっとその子は痛いと思うよ。とさとす』は、間違いです。たたいたその手が いたいのではなく、たたかれた子が痛いのですよ。「もしかしたらもっと」ではなく、絶 対にたたいた子より、叩かれた子の方が痛いのですよ。

小さいからわからないとは思いませんが、個人差があり、一度言われれば、わかる子もい れば、何回たたかれてもわからない子どももいます。それをひとからげにまとめて、言っ てきかせればわかるということだけでは躾けになりません。それに言葉の暴力ということ だってあるのですから。マインドコントロールですね。

長女(中1)は、2才の頃、JRホームに行くと、端から端まで走り回るような子でした 。下の6人の子どもたちも、いろんな子に興味があって、しょうじもふすまもボロボロで す。私は洋裁が好きで、子どもの服は全部縫います。細心の注意はしますが、ミシンは触 るは、針は触るは。一番下の子も、何度、針で手をさしても裁縫箱のふたを開けて針で遊 んでいます。すべて親の責任ですが、何度叱っても、言って聞かせても、だめな子どもも いることを知ってほしいです。

親と子が対等の立場にたってしまってはいけません。親は親で、子どもは子ども。子どもは親に育ててもらっている立場なんですよ。親は気の上に経って子どもを見るから親。な のです。もちろん、たまには下りて、子どもの目の高さに合わせる必要はあります。 人権は同じですが、人格は違います。親が人格を育てていくのでしょう。子どもじゃ親を 乗り越えて育つもの。言い換えれば、子どもが親を乗り越えられるように力をつけさせて やらなければなりません。同じ立場に立っていては、それができないではありませんか。 そのためには、体の厳しさだって、心の厳しさだって必要です。

6才の長男は、年長組で幼稚園に入りました。友達もいないし、初めはいじめられていたようです。ある日、行きたくないと泣きだし、わけを聞くと、二人の男の子に脅かされ ていると言いました。そして、脅かされたあげく、女の子のおしりを触れて言われ、怖く て触ってしまったというのです。

私は、すぐに全てを先生に話ました。先生は男の子2人と長男と4人で話し合い、二人に 謝らせてくれました。私は、長男に「2人には謝ってもらったのだから、今度は祐一がお しりを触った女の子に謝る番だよ。」と教えました。「脅かされたからと言って、おしり を触っていいってことにはならない。6才だから許されるかもしれないけど、10年先の 16才でやったら、おまえは逮捕されるよ。」ときつく叱りました。

もし、あのとき、言ってもわからなければ、たたいてでも理解させなければいけないでし ょう。なぜなら、たとえ脅かされてもしてはいけないというような出来事は、滅多にないチャンスだからです。このチャンスを逃したら、今度いつこのことを教えられるのか、も う教えられないかもしれない。そして、この次では、もう手遅れかもしれないからです。 叱るのは今。待てない時だってあるのですよ。その見極めをしっかりしてください。悪い ことをした時は、それなりの代償があるのは当たり前です。

よその子が我が子のおもちゃを貸してほしいと言ったとき、私なら、我が子から取り上げ 、しまってしまいます。大人は、自分の大切な者をむやみに出して見せたり、貸したりし ません。他の子が貸してほしいと思っているのに、その前でいつまでも持って遊ぶのは、 ただのみせびらかしにしか過ぎません。もちろん、それでも貸してとだだをこねるのは、 わがままかもしれませんが、逆の立場を考えてみれば、それも一外には言えないでしょう。

もしコタロー君が遊びに言って、貸してほしいのに、ただ見てるだけだったら、どんなに つまらない一日でしょうか?思いやりは思いやりによってしか育たないでしょう。でも、 思いやりとは、相手の立場や気持ちをいたわる気持ちで考えること、自分を犠牲にしなけ ればいけない時だってあると思います。親は、みんなだれだって、全身で子どもを愛し守 ってやりたいと思っているものです。

 

「おかえし」から学こと

東京  MIKA

32号の芳江さんの意見に賛成です。保育園に行くと、いろんな子どもがいます。よくた たく子どもの親は、やっぱりよくたたきます。子は親を見て育つんだから当たり前ですが 、それに気づかない親もいて、たたくことは、家系として受け継がれていきます。それはたたく事に限りませんが。

外を歩いていても、ちょっとした事で、すぐどなり、たたく親がいます。何でそんなこと でいちいち怒るの?そんなの自分だって子どもだって、つまらないじゃんと、思うのです が。子どもの方も、たたかれるのが日常になってしまうので、慣れてしまいます。親の方 も慣れてしまい「たたく」「たたかない」に意味がなくなり、他の人にも同じように接し ます。

でも、これがたたかれてこなかった子どもには、大ショックです。32号のるみさんのよ うなんじです。そうやって、たたかれて育った子どもが大人になって、苦労しているのだ から、たたく育児は悪いことと、私は言いきっちゃいます。「悪いことをしたからたたか れる」はあっても「いつもたたかれる」は、あってはいきないと思います。

保育園では、ぶたれたりすると「おかえし」をすることになっています。始めは、ぶたれてもぶってはいけないのでは…と思っていたのですが、まだ、善悪のハッキリしない小さ い子どもには、それで良いのだと思うようになりました。それは、「ぶたれたら痛い」と いう事、さらに「くやしい」ということをぶった方も「何もしていなにのにぶたれた」と いう不満が解消するからです。おかえしして更におかえしされることもありますが、ぶつ 方には、それで、これだけぶてば嫌われるとか取り返しがつかなくなるという「限度」を 学んでもらえれば、と思います。

ところで、夫婦間でも「ぶつ」「ぶたない」があると思うのですが。いったいぶつ方は、 相手に何を期待しているのでしょうか?泣き崩れて従うと?もし、ひるまず、何の変わ りもなかったら、ぶつことがいかに無意味で、愚かな事であるが、自分がぢかに小さい人 間かということが、心の痛みとなって返ると思います。

 

たたかないで育てる

テネシ− るみ

丸山真由美さん、私もまったく同じ体験を先日しました。日本からいらしたばかりの男の 子2才3ヵ月と、うちの1才8ヵ月を遊ばせたところ、突き飛ばす、ぶつけられるので大 変でした。私も他の子とあまり遊ばせていないので、初めは突き飛ばされても泣きもしな かったのですが、そのうち大泣き。

その母親は、あまり叱りもせず、ひどくなると、子どもをキックしたり、同じく、突き飛 ばしたりしていました。そして「男の子だから、パワ−レンジャ−とか好きで−。」なん て笑ってるんです。そういう問題かしら。

私も主人も、子どもをたたかない躾け。ですが、私自身たたかれてそだったので、つい怒 ると手が出そうになります。そうやって育ったから、それしか方法を知らないのです。主 人は、まったくたたかれずに褒められて育っています。主人とけんかして手が出たことが あります。主人は、その時「親にさえ、ぶたれたことないのに…。」とも言われたのには 、ショックでした。

現在の私と主人、主人の方が人間として、いい育ち方をしたと思っています。だから、会 わない人とは遊ばせないようにしています。3才までは、まわりより、親が一番大切です 。真由美さんもがんばって、まわりの人達に負けないよう、自分の思うように育児してく ださい。

思いがけないプレゼント ブリスベン  

きよみ

息子がブロックを散らかして遊んでいました。私が「また散らかしたの、片付けなさい。 」と頭ごなしに叱ったら「マミ−へのプレゼントを作っていたんだよ。」とブロックの固 まりをくれました。正体不明のブロックのかたまり。でも、とても嬉しくて「ワ−、どう もありがとう。ステキね。」と言って、抱きしめてあげました。子どもの気持ちを考えずに、また怒ってしまいました。反省の一日でした。

これと似た話があります。主人の両親の友人で、90才になるおばあちゃんが話してくれ ました。ご主人が亡くなる前、リューマチで震える手を使って書き物をしていて、青いイ ンクを倒してしまったそうです。おばあちゃんは汚されたことに腹を立てて、文句を言い ました。しかし、その時、おじいちゃんが書いていたのは、おばあちゃん宛の心のこもっ た結婚記念日のカードだったそうです。おばあちゃんは、この日からすぐに腹を立てるこ とをやめようと反省したそうです。いい話ですね。

 


 

体罰はアジアとヨーロッパが本場?

Kozue

うちの子どもは、1歳と3歳ですが、、説明してもわからないときに、お尻か手を1〜2回たたきます。それでもだめな時は、ダディーの登場です。なぜかダディーーの一喝は私のスパンキングより効きます。まー、この程度の体罰は心にも体にも傷をつけることなく、良いのではないかと思います。

余談ですが、以前住んでいたカリフォルニア州、Montereyの海岸でロシア人の母親が(Montereyは観光地で世界中お人が集まります。)13〜14歳の息子の頭を公衆の面前で張り倒しているのをみました。(大声でどなりつつ)。その子が大して悪いことをしているようにも見えなかったのに・・・。やっぱり、頭をたたくというおは、子どもの方もしかられているというより、侮辱と受け取るんじゃないかな。物心をついた子どもには、人前で体罰をするのもぷらいどを傷つけるので、やめた方がいいとオ見ます、現在、私達は、イギリスに住んでいますが、どうも体罰というのはアジアとヨーロッパが本場(?)のようですね。

子どもに大人のルールを当てはめて叱ることに疑問

高槻行雄

私は6歳の男子と3歳の女子のパパです。体罰については、基本的に反対ではありません。我が家では悪い事をすると、お父さんが、「悪い手はどれだ」と言いながら、悪さをした手をぶちます。今では、(反省している)様子を見ながら「悪い手を自分でぶちなさい」と言って、善し悪しの判断をさせる様にしています。体罰については、以上の考えですが、叱る?叱らない?と言う観点で考えると、基本的には叱らない事にしています(と言うよりも叱らないよう努力しています)。子供に大人のルールを当てはめて叱るというのはどうでしょう?はっきり言って叱っている親より 怒っている親の方が多い様に見受けられます。親の考えに合わないから叱るとか、体罰をするというのはいただけません。例えば障子に穴を開ける事がどの程度悪い事でしょうか?親にしてみれば、直すのに手間やお金がかかると言うのが本音でつい怒ってしまう。と言った事ではないですか?


障子を破るのは子供にとって楽しい遊びで、好奇心の対象です。何でもだめだめで育てず、自分で善し悪しを考える能力を養える様に協力して上げてはどうでしょう?子供のいたずらは成長する為の大変良い行動である。と言う事をまず第一に考えると怒りは起こらなくなりますよ。では、どういう時は叱らなくてはならないかというと、(1)他人(親を除く)に迷惑を掛けた時(2)ひどく危険な行為をした時の2つだけ。よく嘘をつくなと怒鳴っている親がいますが、その親だってどれだけ嘘をついて生きているかわかりません。

私は子供が嘘をついたときは考えさせる様にしています。だめと言っても子供は嘘をつきます。その子供の嘘を親はおみとうしであると言う事を子供に認識させる事が重要だと思います。何でもおみとうしで有るわけですから、子供も知恵を絞って高度な嘘が登場する様になります。ここに子供の成長があるわけで、次にどんな嘘をつくか楽しみになったりします。(この場合身体に関する嘘は叱っています(おなかが痛いとか))あと勘違いしない様にけして嘘を奨励しているわけではありません。なぜ嘘をついてしまったかを親子で考える事が大切だと思います。子供に理由を聞くとお父さんに怒られるから嘘をついた。というのが意外に多いんではないかとおもいます。つまり怒らなければ、嘘の半分以上がなくなるのです。以上けっこう偉そうな事を書きましたが、実践ではつい怒ってしまう自分に反省する日々です。


体罰のエスカレートを懸念

きい

3歳半の男の子をもつ母です。私は体罰には基本的に反対です。手をぴしゃっとたたくくらいはKOZUEさんの
おっしゃるように心にもからだにも害がないように思いますがひっぱたいたり、げんこつには反対です。確かによく”昔はあたりまえだった、体罰をうけてもこんなにまっすぐそだった”などといいますよね。でも昔といまでは時代(環境)がぜんぜん違います。必ずしも自分たちの育ってきたものをこれからの子どもたちにあてはめてうまくいくとは限りません。いろんな人の目があり、手をかりて子育てが行われた昔と違い、核家族、個人主義のすすむ今の時代では体罰の意味もまた全く違ってくるものです。

子どもに手をあげることで一番こわいのはどんどんエスカレートしてしまうことにあるように思います。特に親がいらいらしているとき、誰でも感情的になってしまうものでついつい手に力が加わっていくのではないでしょうか。
そして、子供が大きくなるにつれエスカレートせざるを得なくなる、一度手をあげることを覚えると親のほうの気持ちのコントロールが難しいし、とりあえずたたけばその場がおさまるのであればつい頼ってしまうでしょう。でもその場限りにはきいても、長い目で効果的なものとはあまり思えません。体罰は結局子供にイライラしている自分の気持ちを一瞬吐き出すことがまず一番の目的のように思えます。

私の経験を話すと、父が体罰支持者でした。こちらがたいして悪いことをしていないと思うときでもいきなり殴られたりして私は納得いきませんでした。いま考えてもやっぱりあれは感情だけで怒っていたような気がします。そしてそんな父が恐ろしかったので父の前では私はよく嘘をついていました。ばれないように知恵をふりしぼって。

その後、大人になり恋愛をしたときその体罰の影響を違う形で感じました。BFにけんかをしてたたかれた時、私は”女だし、たたくほど怒らせた自分が悪い”とたたかれることをある意味あたりまえだと思ってしまっていました。彼(日本人)の暴力がどんどん激しくなっていってもそんなふうに思っていました。アメリカの大学で勉強していくうちにそれは大きな間違いだったことに気付いたのですが、たたかれながら育った私の環境、そしてこれまたたたかれながら育っていた彼の環境を考えさせられました。

今自分で子育てをしながら、感情的になったときぐっとがまんをすることの難しさ、自分自身をコントロールすることの難しさを感じています。しかしこのことこそ、親が子供に教えていかないといけないことと思って、親が手本と思って、手をあげないようふんばっています。そして、あまり腹がたったときには私がタイムアウトしています。

冷静な私はどこいった?

すいーとはーと

本当に、自分自身の感情をコントロールするのってむずかしいですよね。私は、子どもができるまでは自分は、比較的冷静な人間かと思っていました。でも子どもが大きくなり、生意気になるにしたがって、今までに経験したこともないほどイライラしたり、怒ったりしてしまうんです。オシリをたたいていた時も、結局、たたいているうちに(特に抵抗されると)、だんだんと気持ちが叱るから怒りに変わっていくのを実感しました。結局、私は、自分がそういう人間だとわかったので、手をだすのは一切、やめたわけです。

私も、あんまり腹が立つ時は、トイレに閉じこもって雑誌を読んだりします。(^^


おしりバシバシしょっちゅう派

きよみ

はじめまして、HPいつも楽しく拝見させていただいてます。さて、今回の体罰についてですが、結論から言うと私自身は「賛成派」であり、「おしりバシバシしょっちゅう派」です。しかし、友達の中には、「体罰絶対反対派」の方も数人いらっしゃいます。

今、娘は(1歳9ヶ月)プリスクールに通っています。(日本で外国の先生が開いているのです) そこでの出来事です。そのスクールは本来は2歳からなのですが、私と友人とで何度か見学に行ったり、先生とお話をしているうちに、「週1回か2回くらいなら・・」と、娘達は通うことになりました。

いよいよ初日。 入学書類にサインなどして精算を済ませてるとき、友人の子(男の子)の大きな鳴き声が・・。 彼は、先生に傘を取り上げられて「返せ」と泣いているのでした。先生は、「廊下で傘を持って振り回していては危ない」という理由で、「傘は危ないから先生に貸しなさい」と、取り上げたのでした。 私は、先生は正しいと思います。

しかし、彼は泣きやむどころか、ますます大声を出して友人に「傘を取ってきて欲しい」とせがみます。エスカレートしてきてあたりの他の子供達や、スクールの物に八つ当たりを始めました。先生は彼のお知りを1度ぶちました。一瞬、泣きやんだけどさらにエスカレートしていきます。「傘は危ないからダメ! 他の子に八つ当たりしてはダメ!」と、もう一度おしりをぶたれました。 こういうやりとりが40分!も続きました。
 
先生は、「お母さんから彼にあきらめるように言って下さい。 厳しくですよ。」友人は、「あき君、どうしてなの? 」 と、優しく言うだけです。先生は、「私たちがおしりをぶっても、しかっても、彼はお母さんに助けを求めているのです。 お母さんから、きっぱりとあきらめるように言って下さい!」しかし、友人は子供を抱きしめるだけで何も言いません。先生は友人に「なぜ怒らないのか?」質問しました。友人は「怒る理由が無いし、たたく理由もない。」と言いました。結局、友人はスクールには入りませんでした。 先生が、断ったのです。 「家では怒られないけど、スクールでは怒られる・・、これでは子供がストレスを感じる。」という理由です。

私は、娘をスクールに置いて、友人と一緒に外に出ました。 友人は「こんなに小さい子供をぶつなんて・・。 すごくショックをうけたわ。 ぶつ理由なんか何にも無かったのに・・。」私は目が点になりました。 「理由がなかった」本当にそう思ってるの? 私から見たら十分あったと思うし、先生がぶつ前に自分が子供のおしりをバシバシやってたよ。

外に出ても、彼は泣いて道路に転がってました。 車が来るし、通行の邪魔になるのに・・。 友人は「よしよし、よっぽどいやだったのね。 ごめんねお母さんがこんなところに連れてきたばっかりに。(!)」  え? 先生が間違ってると思うの?  友人は、「私はどんなことがあっても体罰は反対なの。 あなたは真由ちゃん(娘の名前です)をよくしかってるみたいだけど、私は違うの・・。 ダメな物をさわろうとすれば、違う物で気を逸らすとか・・。 いけないことをしても、「メッ!」って、にらんでればだんだんとしなくなってくるし・・。 初めてなのにぶつなんて、ひどいと思う。」と、言いました。

これはでも、体罰は反対でしょうか? 言っても聞かない。 でも、非常によくないことをしているにもかかわらず、ぶってはいけない。 私だったら、即バシバシしてます。 それぞれ子育てのやりかたがあるので、「こうです!」いう方法は無いと思いますが、かわいそうだからと言う理由で、ぶったり、怒ったりするのがいけないと言う意見は私は反対します。

ある友人の子は、うちに遊びに来て5階のベランダから物を落とし始めました。 もし、下にだれかいたら? どうなっていたでしょう? とても恐ろしいことです。 しかし、子の友人も怒るどころか「ごめんね。(一応はあやまる) 後で、ひろっといて。」 だって!あのねえ!  うちの子も、物を落としたことあります。 何度か・・。 でも、そのたびにきつくしかってました。 続けてやられたときは、口で言う前に、おしりをたたいてました。

娘は、すぐにしなくなりました。 もし!事故があったら、もうここには住めませんし、主人も働けなくなります。(公務員官舎なのです) その後も、ただですむはずもないでしょう。口で言い聞かせても、聞けない時期ってあるじゃないですか。ぶってでも教えなければ家族が一生めちゃめちゃになることだってあると思います。 
 
それに、自分の子が人に迷惑を掛けたり、危険なことをしているのに、優しくなんか言ってられません。 口で間に合わないときは、思わず手が出ることもあります。 子供がかわいいから、けがをして欲しくないから、みんなに好かれる子になってほしいから・・。私は、これからもぶつと思います。 甘やかさないのともちがうようなきがします。

うまく言えませんが・・。 何でも「ここまで!」というルールがありますよね?@極端に言うと法律や、規則、校則などの決まり事が・・。 そういう日常のルールから逸脱した行動は、たとえ子供だからと言っても許されないと思うのです。 小さい頃は許されてたのに、3歳4歳の聞く力が出来た頃になって突然「いけません!」と言うのも、子供にとってストレスなのでは無いでしょうか?

長くなり、内容もまとまりが無くなってしまいました。申し訳ありません。 でも、これは永遠のテーマですよね?

危険なこと、迷惑をかけたときだけたたく

みわこ

こんにちは、私は3歳と9ヶ月の2人の男の子がいます。私も子供をたたいたことはあります。
私が自分の中で決めているのはやっぱり危険なことをしたときと人に迷惑をかけたときです。1歳半から2歳ぐらいまでの時は説明しても分からないので手を挙げていました。でも2歳半をすぎたぐらいから言えば分かるようになるので今は全くたたいたりすることはありません。

私の周りでもたたかない人はいます。でも、その子は自分の思うとうりにならないと母親をたたいたりけったりします。私は子供にそんなことをされたこともなかったので驚きましたが、それでもしからないでなだめるのは私は違うと思いました。これから幼稚園や小学校に入れば思い道理にならないことがいっぱいでてくると思います。(そのお母さんは幼稚園で怒ってもらおうと思っているようです。)そのときその子はどうなるでしょう。やっぱり必要最低限のしつけは親がするものと思います。


私は小さいときにたたいたりしたから、今は全くたたく必要がなくなったと思っています。体罰も時期の問題もあると思います。言葉で理解できるようになれば体罰などする必要はないのですから・・・

なんか文章がめちゃくちゃになってしまってすいません。これが私の考えです。

心理学では体罰は教育効果なし

市川真理子

私も体罰反対です。学生時代、心理学の授業で体罰は教育的効果なしと教わりました。恐怖心を植え付けるだけです。 私は病院で働いていて、高齢者と接することが多いのですが、置き換えてみたらどうでしょう。もしあなたの両親または義理のご両親が痴呆で幼児的行動を取るようになったら、どうしますか。やはり体罰を下しますか。もし答えがNoなら、子供に対しての体罰にはどう言い訳するのですか。


親の責任

アイオワの田舎ママ

みなさん、こんにちは。
私自身はこの「体罰」という言葉、好きじゃないです。なんか、虐待、とか、しごき、みたいなイメージがあります。前にもスイートの会報で、アメリカの友人達をリポートしたんですが、みんな子供が悪い時はスパンクなり、部屋に立たせるなり、なんらかのおしおきをしています。でもこういうことって、すごくプライベートなことで、しつけの一貫としてやっていることだから、他人に「うちはこんな方法でお仕置きしてます」なんて言う人はあまりいないと思います。

たとえば「幼児せっかん」とか、虐待なんかは許されないことだと思うのですが、しつけのしかたは各家庭でそれぞれにしたらいいのではないでしょうか?

家族って、生活していくうえで、何回も愛を確認して、赦しあっていくものだと思うんです。そして、親として、子供が善、悪をわきまえて、思いやりのある人になるよう育てていく責任があると思うんですよね。そのなかで、しつけをどういう方法にするかは、親の責任で考えればいいのではないかしら。うちは子供が悪い時はスパンクします。だいたい木のスプーンが多いかな。ぜったい私の手でたたいたりしません。おしりか手のひらをスパンクするんですけど、これを日本でお友達とかに話すと、みんな「虐待してる!」って、けっこうびっくりされました。

なんか、長くなりましたね。私たちは、日本とアメリカの「学校」というものに、あまり期待してないので、こどもはホームスクールしてます。でも全ての家庭がするべき、とか思ってないし、このことによって、私たちは大きな責任を担っているんだ、と認識しています。何がいいのか、悪いのか、自分はどう歩めばいいのか、人の意見に流されないで、自分で判断できる人間になるよう、育てていくのは、親としてのチャレンジだと思っています。

赤ちゃんにはスパンクはしません。しても何故なのか、わからないから。だから、痴呆症になった老人にスパンクは意味がないと思います。でも「体罰」という形でなくても、言葉で子供の心を深く傷つけてしまうこともあるので、子供に何を語るかって、いうのもとっても大切だと思うんですよ。

ごめんなさい。なんか支離滅裂で。要するに、それぞれの親が責任もって、とりくんでいけば、どんな方法かって、いうのは虐待とかせっかんじゃない限り、いいのではないかって、いうのが言いたかったのですが。。

信念を持って

NAMI

うちの子は 1 才半なのですが、なんでも早くすでに反抗期に入っています。ほとんど私の言う事も理解しているし、いけないと言えば、これは、してはいけないと分かるようですが、それはまだ子供でやはり同じ事を繰りかえします。うちの子は私が怒っても、何て事ないようで 逆に娘の方からぶってきたりする事もあり、しかも、言いかえしたりします。


今からこうならティーネイジャーになった時は、末恐ろしいと。トホホ。そういう時は、私も真剣になって怒るし、たまにお尻も叩く事もありますが、根本的に私は体罰について、よくないような気がしてしたくないのです。たとえ、私がお尻をピシャっと叩いても 娘はケロッとしています。きっと、叩き方が弱いのかもしれませんが 、私には娘が痛むような叩き方はできません。でも、うちの旦那の言う事は直ぐ、娘は聞きます。すぐに止めたり、謝ります。うちの旦那はアメリカ人なのですが、怒ると直ぐ「Go to your bed!!」と言います。


それを言われた娘は、すごい悲しそうな顔して泣きながら、言われた通りに自分の部屋に行き、自分のベッドにはいります。そして, Daddy が許してくれるまで、待ちます。でも、私が同じ事をしても駄目、直ぐ私の元に戻ってきます。たとえ、口で叱っても旦那の言う事は絶対なのです。うちの旦那はスパンクはしません。大きな大人が小さい子にする事では無いと言うのです。旦那はたとえ、スパンクをしなくても、子供にあった指導法があるのだとも言うのですが、どうなんでしょうか?


娘は私の言う事はききません。そしたら、旦那は「君の叱り方は優しすぎる、怒る時はもっと真剣に、そして、女優のようにもっと恐い顔を作り、一生懸命にオーバーに叱る事。」だそうです。それ以来、私は毎日、女優のごとくオーバーアクトして叱ってもいます。効果の程は上々で、スパンクもしていません。もちろん、お子さんにあわせたやり方があると思うのでいちがいには、言えませんが。でも、子供を愛する気持ちはどこのお母さんもお父さんも同じはず、体罰の後でもし後悔をなさるなら、やらないほうが良いのかもしれませんね。逆にこれがうちの方針と胸をはって おやりになるなら、それはそれで、いいのではないでしょうか。

 

体罰するときは冷静に

武のマミーちゃん

私も主人も、息子のお尻をたたくことはあります。結構手荒に遊んでいて体をぶつけても泣いたりしないのに、怒られてお尻を軽くたたかれただけでも、涙が浮かんでいます。私が大事だと思うのは、真剣に(みせかけて)怒ること。そして、どうして悪かったのかわかってもらうこと。体罰するときは、冷静になってからする事。親が逆上して体罰をすると、それは虐待になってしまうのではないかしら。私は、幸いにものんきな性格なので、頭に血がのぼると言うことはあまりなくて、息子を怒るときもどこか客観的に自分を見ていることがあります。

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