教育法は“ひとつじゃない”。さまざまな形の教育や子育てを取り上げます。
フリ−スク−ルの世界の第一人者グリーンバーグ氏講演
応用の効く子は豊富な自由遊びから
モンテッソーリ教育
Children Learn What They Live
教育改革論 by ロバート・ハンフリー
シュタイナー教育
心豊かな子供を育てる家庭のあり方
小児科医院の窓から
早期教育
《子ども時代の遊び経験が情報化社会での人生の成功につながる 》
記録&訳 by 久保淑子
サドベリースクール講演者のプロフィール
東京の上智大学で、フリースクールの世界的モデルと言われているアメリカのマサチューセッツ州にあるサドベリー・スクールの創始者のグリーンバーグ夫婦を招いた講演会が開 かれた。夫のダニエルさんは、ニューヨークのコロンビア大学で倫理物理学の博士号を取 り、同大学で物理学と科学史を教え、著書も出版している。
妻のハンナさんは同大学で生 化学の博士号を取得しアルバート・アインシュタイン大学と、マサーチュセット工化大学 で研究活動を続けていた。 お二人には、子どもが三人いて、いずれもサドベリー、スクールを卒業している。そして 、孫が六人いる。
講演会で初めてお会いしたグリーンバーグ夫妻は、ダニエルさんは背が高くて、どっし りした感じで、一見して「崇高たる教育者!」とわかる優秀さ、奥行きのある優 しさがあった。奥さんのハンナさんは、細身でやはり背が高く、茶目っ気のある優秀な科学者という雰囲気だった。講演は、まずダニエルさんの話から始まった。
《サドベリー・スクール誕生のきっかけ 》
きょうは、なぜサドベリースクールで価値のある環境なのかお話したいと思います。そして、この学校が、単に伝統的な学校のありかたを変えるものではなく、子どもを育てるこ とを考え直すことにつながっていくことを願っています。
1965年、私と妻のハンナは、当時、4歳だった息子のために学校を探していました。 (ここの州では、4歳の幼稚園から学校扱いになる)。本題に入る前に、私たち自身の学校時代のことをお話します。
私は子どものころ、それはそれは優秀な生徒でした。毎日、長時間、勉強や宿題をし、ど の科目も成績優秀でした。ハンナはというと、こちらは実にひどい生徒で、宿題もしなけ れば、先生の話も聞こうとしなかったのです。でも結果的には、私たちはどちらも科学者 になったのです。
ハンナの子ども時代は遊びの世界で、それは素晴らしものでした。ハンナのような素晴 らしい子ども時代を送らなかった私は、わが子には自分のような経験はさせたくないと思ってい ましたが、私達の求めるような学校は見つかりませんでした。そこで、私たちは学校について考えるようになりました。どんな学校が良い学校なのだろう。学校とはいったい何なんだろう?と。
私たちは、学校は、子どもと社会が出会うべき場であり、子どもと社会が必要としていることを満たさなければならないと考えました。
歴史を振りかえると、人類は百万年の歴史がありますが、子どもは、学校の中ではなく、 ずっと地域社会の中で自然に育ってきたということに気がつきました。学校は150年前 に産業化社会を迎え、子どもの安全を守る必要性から生まれ、そして産業化社会から情報化社会へと移り変わる段階で不幸にも、社会が学校を必要するようになってしまったので す。
そして、教育学者が学校を作ったとき、とても重要なことを忘れていたことを知りました 。それは、子どもたちは、成功したがっているということです。今の社会で大切な事は、 成功した大人になるということなのです。これは、人間が種として生き残りをかけて前進 していく存在だということです。そうでなれば、人類は絶滅してしまいますから。
このような考え方は、これまで誰も話してこなかったことでした。そこで私たちは、このことにつして皆さんにお話したいと思います。
《子どもの素晴らしさ 》
子どもたちの何を大切にしていかなければならないのか、私たちの体験を通して学んだこ とをお話します。
子どもたちの素晴らしさは、まず問題解決能力にあります。一才半の子どもは、テーブル に捕まったり、テーブルクロスを引きずり落としたり、毎日、歩く練習をしながら、たく さんの問題に直面し、そしてそれを解決しながら習得していきます。このような解決能力 は、生理的に備わっています。
また子どもは、好奇心の固まりで、死ぬほどの知りたがり屋です。アメリカでは、二歳児 は、「恐るべき二歳児」と言われていますが、家中を駆けめぐり、メチャメチャにしなが ら多くを学ぼうとします。このような子どもの好奇心を満たしてやることは大切なことで す。
息子が二歳半のとき、私たちは、子どもを動物園へ連れていくことにしました。駐車場か ら動物園までは遠く、遊歩道を延々と歩いていかなければなりませんでした。ところが息子は、遊歩道に敷かれたブロックのパターン模様がすっかり気に入ってしまったのです。 そして一時間半もそこにしゃがみこんでしまい、おかげでその日、私たちは、動物園へたどりつけませんでした。
子どもたちのエネルギーも、すごいもので、それについていける大人はほんのわずかです 。私の娘は、子どもの頃、大人は、なんて疲れていてノロノロしているんだろうと思っていたそうです。それで、大人になってそうならないように、今のうちにいろいろやって おこうと思ったそうです。
また、子どもは忍耐力があって、自分が納得するまで何度でも繰り返して行います。一才 の子どもが、何度も何度もドアを開けたり閉めたりする姿は、ほんとクレージーで、もの すごい関心と集中力です。またこんなこともありました。
ある朝、七時ごろから孫娘が遊び始めたのです。朝御飯を食べようと行ったら、「遊んで るの!」と言われてしまいました。三時間後、お腹がぺこぺこになった私たちが、「そろ そろ朝御飯にしないかい?」と言ったらところ、彼女は怒りながら「またぜんぜん遊んで いないの!」っていうのですよ。さらに、子どもの能力には、自己批判や、他の大人や 子どもを批判する能力があります。息子が三才の頃、私は一緒に野球遊びをしていました 。子どもがボールを打ったので、良い父親がするように私も「よし、よくやった!」と言 ったんです。そうしたら、息子が怒り出して「もうパパとやらない!」と言うんです。「 なんで?」と聞くと「パパはうそつきだ!」ってね。判断力も、小さな子でさえ、自分が 何かする前にどうやろうかと考えます。
《遊びの重要さ 》
子どもたちにとって、さまざまなことを学ぶうえで大切なのは、観察すること、体験、そ して、遊びです。今まで、子どもの遊びがどんなに大切かということは、話あわれてきま せんでした。そこでここでは遊びについて特に話したいと思います。
遊びというものは、始まった段階では、それがどう発展するのかまったく見当もつかない ものです。たとえば、大人が木材を与えられたそします。最初に本棚を作ろうと思っ たら、最後まで本棚作りに専念することでしょう。でも子どもたちはそうではありません 。木の材料が最後にどうなるのかは見当もつかないので人生もそれと同じで、常に移 り変わっていきます。毎日、同じことを繰り返しながら過ごしていますが、事前に結末が わかってやっているというわけではありません。先がどうなるかわからない人生の中で、 大切なのは、いつも居心地良く過ごすということです。子どもたちが、思いのまま、のびのびと遊ぶということです。遊んで、遊んで、遊びまくる。子ども時代の遊びは、人生においてとても大切であり、この情報化社会の中でやっていくには、特に遊びが大切な要素 になっていきます。
言葉を使いこなす遊びとともに大切なことに、人と意思の疎通ができるということがあり ます。子どもは二才になると話しはじめます。人と言葉で会話をするということは、人生 の中で最も難しいことです。言葉は人の心の窓を開きます。そして、言葉を通して世界や、人の考えを知ることができます。また言葉は、人類が作り上げてきたもの伝えていくの です。そして、そのために話すのです。学ぶために話します。そして人の話を聴いて学ぶのです。
《民主主義の大切さ》
次に、現代の子どもたちに何が必要であるかを考えるには、今世の中がどんな状況にあるかを知らなければなりません。
20世紀は民主主義の時代です。私たちは、この民主主義という流れに逆らうことはでき ません。民主主義には、不可欠なことがみっつあります。ひとつは、個人の人格を平等 に尊重するということです。百年前、女性にはそれがあてはまりませんでした。民主主義 は男性のものであって、女性は子どものようなものとして扱われたのです。20世紀にな ると、女性も尊重されるようになりました。これは子どもを一人の人間として尊重するこ とでもあります。
二つ目は、民主主義では、どんな人でも平等に社会に参加できるということです。特定の ものが力で社会を決定することはありません。
三つ目は、自由になることを学ぶということです。自由であることの責任に対する認識を持ち、他社の自由を尊重するのです。これは、言うことはやさしいのですが、十年前、ロ シアが、突然、自由を獲得したとき、市民が自由について何も知らず、大混乱が起きたの を見て、私たちは自由になることの難しさを知りました。
《成功する人材》
現在のような情報化社会の中で、企業は、成功をおさめる人間を探しています。それは、 創造的で、自ら進んで物事に取組、責任を持って行動し、判断力を持ち、人とうまくやっ ていく能力を持った人です。
これは、私があるシンポジウムに参加していたときのことです。世界的にも最もハイレベ ルな設備を持つカリフォルニア大学の図書館の人事担当者が、職員を募集していると言い ました。募集じょ条件は、よっつです。創造的で、好奇心に富み、責任を持って仕事に取 り組み、柔軟性のある人というのです。
私が、コンピューターや図書の知識がなくてもいいのかと尋ねたところ、全く必要がない と言うのです。つまり、そんな人材なら、図書館のこともコンピュータのことも直ぐにマ スターしてしまうというのです。そして、もしこの四つの能力がなければ、どんなに専門的な知識があっても雇うに値しないというのです。このように、今がどんな時代であるか を考えることで、私たちは、子どもに何が必要であるかを知ることができたのです。
以下の文は、肉体と人間精神活動、メンタルトレーニング法の研究開発に取り組みながら、多くのスポーツ選手を育てる一方、不登校、学習障害、家庭内暴力、その他精神障害児童・生徒のカウンセラーをされている長谷川一彌さんに許可を得て転載させていただきました。
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(株)シンパシィ・ユニオン
ヒューマンプロデューサー 長谷川一彌
E-Mail : sympathyunion@hcc1.bai.ne.jp
URL http://www.sympathyunion.to
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆はじめに
私は、スポーツが上達するための考え方として「努力よりもコツの習得が優先される」ことを体育協会のセミナーやクラブ指導の教職員セミナーで常に訴えております。頑張れ!努力しろ!と言っても自転車に乗れない子供はサイクリングには行けないのです。ですからスポーツを本当に楽しむためには「自転車に乗れる」というコツが重要であることを理解して頂きたいのです。例えば野球では、的にコントロール良くボールを投げることができる。ボールの動きに集中して身体が自動的に動く。バットで確実にボールを当てることができるなどです。
■運動記憶学習の優先順位(身体に覚えさせなければならないこと)
パソコンにはオペレーションソフトとアプリケーションソフトがあります。これと同様に人間にも脳と筋肉を統合的にコントロールするための基礎的運動記憶とバッティング技術などの応用的運動記憶があります。
例えば、基礎的運動記憶は、自転車に乗れる、水に浮く、箸で豆をつかむ、目を閉じ片足で立てる、的にコントロール良く物を投げることができる、物を正しくつかむことができる、どこに行っても東西南北の方角が分る、などなどです。また、応用的運動記憶は、自転車なら二人乗りができる、両手を放して自転車に乗れる、その場に止まったまま自転車に乗れる、変化球が投げれる、より速いスピードで投げれる、ジャンプしながらコントロール良く投げれる、イレギュラーバウンドのボールをキャッチできる、などなどです。
基礎的運動記憶は、子ども達が幼少の頃から虫取りやビー玉遊び、べったん、コマ回しなどの遊びをたくさん経験しておれば自動的に運動記憶学習(インストール)されます。しかし、親やスポーツ教室などで管理されすぎた子供達は、基礎的運動記憶(オペレーションソフト)が未完のままで応用運動記憶(アプリケーションソフト)がインストールされますので現実には応用の利かないスポーツ選手に育ってしまいます。
私は、「運動記憶学習の優先順位はオペレーションソフトのインストールから」をミニバスケット、Jrテニススクール、少年野球等の指導者講習会では常に理解していたくようにお話をしています。
■運動記憶学習のオペレーションソフトとは
私達の目は、物を見るための器官です。しかし、「何を見ているのか」「どんな情報処理をするのか」は、個々人の脳内の意識(プログラム)によって異なります。例えば、デットボールを恐れているバッターは、ピッチャーから投げられたボールを見て「自分に当るか当らないか」の情報処理をしてしまいます。また、常に指導者から怒られそれを恐れている選手は、「怒られないようにする」という情報処理をしてしまいます。人の顔色を見る子どもはこのような脳内の情報処理記憶(オペレーションソフト)を作ってしまっています。
野球において、目は何の情報処理をしないといけないのでしょうか。それは、刻々と変化するボールの動きを見て身体を動かすやバットに上手く当てるための情報処理をすることです。また、キャッチャーが構えたミットにピントを合わせてコントロール良くボールを投げるための情報処理をすることです。この処理をするための運動記憶(ソフト)がオペレーションソフトなのです。
■ジュニア時代はオペレーションソフトのインストール時期
近年の大脳生理学の研究によりオペレーションソフトインストールの最適時期が明らかになってきました。その時期は、脳神経細胞の髄鞘化が終わる時期であることが分ってきました。髄鞘化とは、脳神経細胞(ニューロン)のネットワークが固定される状態をいいます。例えば、日本人の子どもで外国で生まれ育ち外国語をぺらぺら喋っていた子が10歳頃までに日本に帰国しその後日本後の中で生活すると外国語をすっかり忘れて喋れなくなります。これは、10歳までの脳は、神経細胞をつなぐ軸索(電線のようなもの)が固定されていないので日本語という刺激が入ると外国語の記憶回路が日本語の記憶回路になるように軸索のつながりが変更されてしまうために起きる現象です。
しかし、12歳くらいまでその外国語を使う家庭であれば外国語と日本語の両方を話せる子どもになることが分ってきました。このようなことから大脳生理学的に見てスポーツの世界においても同様であることが研究で分ってきました。
追跡調査では、12歳頃まで基礎的運動学習を最優先に育てられた子ども達は高校大学でその能力を驚異的に伸ばしていることが判明しています。私自身の経験においてもテニスのジュニア育成において基礎的運動学習を12歳まで取組んだ子ども達は、ほぼ全員がジャパンランキングに入る選手に成長していますので確信を持っております。
後編は、具体的なオペレーションソフトとそのインストール方法をお届けしたいと思います。
子どもたちは、こうして生き学びます。 批判ばかり受けて育った子は、非難ばかりします。
敵意にみちて育った子は、だれとでも戦います。
ひやかしを受けて育った子は、はにかみ屋になります
ねたみを受けて育った子は、いつも悪いことをしているような気持ちになります。
心が寛大な人の中で育った子は、がまん強くなります。
はげましを受けて育った子は、自信を持つことを学びます。
ほめられる中で育った子は、いつも感謝することを知ります。
公明正大な中で育った子は、正義心を持ちます。
思いやりのある中で育った子は、信仰心を持ちます。
人に認めてもらえる中で育った子は、自分を大事にします。
仲間の愛の中で育った子は、世界に愛を見つけます。
(THE NEW BOOK OF KNOWLEDGE)
Children Learn What They Live
by Dorothy NolteIf a child lives with criticism, he learn to condemn.
If a child lives with hostility, he learns violence.
If a child lives with ridicule, he learns to be shy.
If a child lives with shame, he learns to feel guilty.
If a child lives with encouragement, he learns to confidence.
If a child lives with praise, he learns to appreciate.
If a child lives with fairness, he learns to justice.
If a child lives with security, he learns faith.
If a child lives with with approval, he learns to like himself.
If a child lives with acceptance and friendship, he learns to love the world.
筆者紹介
田原正英氏(小児科医49才):救急を断ることのない小児科病院、母親が安心してお産ができ退院の日に抹茶が出されるような産婦人科病院の設立、そんや夢を持って医療の道を歩みつづけてきた田原氏が、小児科医としての目のみでなく、日本の心、茶道や和太鼓などの趣味人としての目を通して、真の教育とは何かを問う。
自立と共存
どの人も、人様の役に立っていることを多くの人が自覚し、又、多くの人のお世話になっていることを同時に自覚しつつアクティブに生きることの薦め
ある非行少年と老人
ある非行少年が、ある老人施設に強制的に行かされて、いやいやながら、ボランティアめいたものをさせられた。食器をお年寄りの所に持っていったり、車イスを押したりである。今まで、有難うなど言われた経験がなく、自分が人の役に立つ人間だなんて考えたこともなく、つっぱることで自分の存在を示していた感じのそれらの非行少年が、生まれて初めて人から感謝の言葉を掛けられた感じになって、次第に更生され、その内、老人のお友達になり、老人から慕われ、そして、息子の様に思われて、その施設から去る時、老人から自然に出て来るその涙を見て、今までの自分を本当に反省して、今からは、世の中の為に役に立つ人間になろうと思って、社会に出て行く。
何度も非行を重ねて、警察から呼び出しをくい、施設に入れられる。厳しい取り調べと違って、その施設の老齢の係員から、常に、優しい言葉を掛けられ、愛情を示してもらうことによって、自分のことを本当に思い、愛してくれる人がこの世にいることを知って、目覚め、真面目になって行く。
子ども達とお年より
以上の2つの出来事は、事実の出来事である。今、東京都の多くの老人施設で、そこのお年寄りと子ども達との触れ合いがなされている。ある施設では、朝、着替えるのに、服を着替えることが出来ない小さな子ども達が、施設のお年寄りから、それをしてもらっている。絵本も読んでもらい、お話を聞いてもらい、子ども達が、大喜びしている。この何年間も、人の役に立つ感じで生きて来なかったそれらのお年寄りが、小さな子どもの世話をすることによって、次第に生き生きとした感じになっている。子ども達も、お年寄りからいろんな知恵をもらい、おじちゃん、おばあちゃん大好きっ子になっている。
人の役に立ち、人の世話になることの自覚
自立と共生は、相反する。自立する様にと、お金を蓄え、健康にも注意して、皆の迷惑にならない様にと、努力する。しかし、その自立が、孤立となり、孤独となっている人、実際いる。特に、過去に、師が付いたり、長が付いていた人は、注意する必要がある。人間、人にお世話になることもあっていいと思う。素直に、感謝して、それを受け入れることも、生きる上で、大切な事だと思う。
今からの時代は、共生の大切さが声高に言われるだろう。多くの箇所で、この共生が求められるべきだと思う。日本だけの繁栄を考えては、世界の多くの国々と摩擦を起こしてしまう。生態系を考えて、人間は、エネルギ−を使用して行かなければいけない。多くの日本人、今は、余りにも、共生よりも、依存に陥っている。
いろんな世代の違う人間が一緒になっている日本。子どもは、社会のもので、皆で育てる考え方が大切ではなかろうか。何らかの意味で、どの人も、人様の役に立っていることを多くの人が自覚し、又、多くの人のお世話になっていることを同時に自覚して、自立と共存を程良く保ちながら、アクティブに生きることが望まれる。
石垣太郎 (ML「YELL」より許可を得て転載)
MLの中で、アメリカのスーパー・ボール(一年に一回のフットボール全米1位の争奪戦)で、そのハーフ・タイム(休憩時間で毎年選ばれたアメリカの人気歌手が歌い踊る)に、今年は、グロリア・エステファンとスティービー・ワンダーが出演した。盲目でも、このように一流の歌手として生きていけるアメリカという国の素晴らしさをつづったある方のメールへの返信で・・・
スティービー・ワンダー!! 「心の愛」が流行っていたころ、あの音は何で作っているのだろうと興味を持ちました。近所の電気屋さんがマニアで、自分でボコーダーを組み立てていて、マイクを片手に歌うと、スティービー・ワンダーの歌そっくりの機械合成音のような歌声になるのでした。MIDI 規格が制定される以前の話です。
私の祖母も全盲で、30才で失明して以来92才まで、60年間、光を失った生涯を送りました。戦前の農村社会で、妻をかばって激動の時代を生き抜いた祖父も偉かったと思います。おかげで、床に物を置かない、というしつけを徹底されました。常時全盲の人の手助けをすることはできないから、日常生活に不便をきたさないような環境を作れば、全盲でも一人で生活できるから、ということでした。
私が子どもの頃、一度祖母の人生について生意気な論評をしたことがあり、その時は祖父にこっぴどく叱責された記憶があります。「望んで失明したのではない。」「人にはそれぞれ生きる役割がある。ばんちゃんの役割は、お前たちに、生きる勇気を与えることだ。」子どもにも、これはこたえました。わが祖父、無名の老人の哲学の深さに、脱帽です。
Katz (ML「MYLIFE」より許可を得て転載)
数年前、友人の出席した結婚式の話を聞きました。ご両親共耳と言葉が不自由な障害を持った方だそうですが、幼いときから両親の耳となり口となって音のない世界を共に生き、明るく成長された娘さんの話でした。 「耳の不自由な親の子だから、と言わせたくなかった。」というお母さんは夜泣きしてもすぐわかるように娘さんと自分の指を紐で結んで寝たそうです。また、どんなときも笑顔を絶やさず、娘さんを連れてどんどん人の輪の中に入っていったそうです。
式の最後に娘さんが手話でこう語ったそうです。「母さんは、しゃべれない分精一杯できるだけの笑顔で気持ちを伝えようとするでしょ?だから私も一生懸命笑顔で話をするようになったと思う。それがいつのまにか自然になったのね。」お母さんの勇気と努力、わが子を思う愛情。その娘さんも笑顔いっぱいで受け止めていたのでしょう。 いつも親子がいっしょ、行動もいっしょでは子供は自立できません。いっしょにいるかどうかという「形」より、通い合っているかどうかという「心」ですね。
「心豊かな子どもを育てる家庭のあり方」
−心の教育,心のつながりを大切に−以下は、私が参加しているYELLという山形のMLに掲載された『チョットいい話』です。読んでて思わず涙ぐんでしまう 、ステキな話だったので、是非SHにも掲載したいとお願いしたところ、快諾していただきました。(文章は坂本光男先生の9月27日、教育講演会を高橋松五郎さんが、書き起こしたものです。)
(1)
青森県の津軽地方に行ったときに,(講演の後で)一人のお父さんが,なんかしんみりした顔で来ましてね。(この講演でに坂本先生は子どもに安心を与えることの大切さをお話しされています)、「先生よう,俺な,出稼ぎなんだ。11月から5月まで出稼ぎだ。出稼ぎに行っている父親は何をしたら子どもは安心するだろう」って言うんですね。聞かれてみて私はそうかあと思いました。最近は,いろんな事件があったりするから,お父さんもいろいろ考えているんですね。特に単身赴任とかあるいは出稼ぎのお父さんとかはね。「とうちゃん手紙がいいよ」と言ったら、「電話じゃだめか」って。「電話もいいけど,電話はすぐ消えちゃうから,手紙だったら何回でも子どもが読みたいときに,父ちゃんの気持ちに触れられるから手紙を書いて欲しい」って言ったら「いやー,手紙は苦手なんだ」「その父ちゃんが書いてくれたら,なおいいじゃないですか。値打ちがありますよ」「しゃーねーなー」って言いながら別れてきました。
11月から5月まで,あのお父さんどうしてるかなあと思っていたら,6月下旬に便せん12枚の手紙ですよ。分厚い封筒に。ただし,80円切手しか貼っていないので不足料取られましたけどね。でも,私はその12枚の手紙を見ながら,あるところで涙が出たんですよ。お父さんは出稼ぎから「ただいま」って帰ってくる。子どもが二人いるんです。今までだと土産だけもらって自分の部屋に行っちゃってるのに今度は違うんですよね。お父さんの荷物を運んだり片づけたり手伝ってくれる。どうしたのかなあと思って周りを見たら,子どもの机の上にお父さんが書いた,3回出した手紙が置いてある。はだかでね。ああ,俺の手紙読んでくれたんだ。と思って見ていたら,何と2回目の手紙には赤い線が引いてある。どこに赤い線が引いてあったかと言うと,『父ちゃんは朝起きるのも一人,夜寝るのも一人,ご飯を食べるのも一人,さみしいけれども負けないで頑張っている。おまえたちもさびしいだろうけど負けないで頑張ってくれ。父ちゃんは東京の荒川区で働いている。遠いところにいても,父ちゃんの心はおまえたちの背中にいつも目を向けている。父ちゃんが背中についているから安心してがんばれ。』ここに赤い線が引いてあるんですよ。
津軽地方って,みなさんご存知でしょう。雪も多い。吹きっさらしで吹雪の日も多いんですね。子どもはそういうとき,学校へ行くときに,父ちゃんが背中を見てる。父ちゃんが背中についていると思いながら寒さに負けず吹雪に負けず学校に通ったんじゃないですか。そのお父さん,やっぱり手紙は大切だ,忙しくとも手紙は書いてやるべきだった,よかったって書いてあったんです。
(2)
『お母さんより誕生日のプレゼント。お母さんがおまえを生んでいてよかった。母の日にはタンポポとスミレの花束をプレゼントしてくれたね。白髪は取ってくれるし,おつかいにも行ってくれるし,掃除はしてくれるし,先生にほめられたときは,おまえのお母さんでよかったと思うよ。今日が8歳の誕生日。みのり,本当におめでとう』
お母さんがこれを書いて誕生日に,みのりちゃんにプレゼントしたんです。みのりちゃん,しばらく黙って見ていて,顔を上げた瞬間に,「お母さん,ありがとう。私いっぱい勉強するよ」って言ったんです。勉強しろってどこにも書いてないですよ。なんでこの子は勉強する気になったんですか。お母さんが生んでよかった。先生にほめられたときは,おまえのお母さんでよかったと思うよ。(みのりちゃんは)うれしくて,うれしくて,うれしくてたまらなかったから,やるぞっていったときに,小学生でしょ,勉強しようっていう気になったんですね。生んでよかったって言えるのはお母さんしかいませんね。その生んでよかったって言葉が子どもにはうれしいんです。ところが,それを子どもに言ってない人が多いですね。
(3)
自分の家の中学2年の女の子が突っ張っちゃったんですね。髪の毛染めて,口紅つけてネックレスやイヤリングをつけて学校へ行く。標準服も着て来ないものだから,先生からいろいろ注意を受けている。お母さん,どうしたらいいかなあ,どうしたらいいかなあと思って夜7時から9時の講演会に来たんですよ。来た時に今の話聞いたんですよ。そう言えば私は(子どもが)生まれたときうれしかった。今でも育ってよかったって思ってる。でも,話したことがないなあと気がついたんです。家に帰って中2の娘がまだ起きてましたから,いっしょにお風呂に入ろうって入ったんです。娘は入りたくなかったんだけど,ともかく入るんです。「今夜は大事なことを聞いてきたよ。お母さん,思い出したよ。あんたが生まれたとき,やっぱりうれしかったよ。今だって,そういう気持ち持ってるよ。」って言った瞬間です。娘さんは横を向いてお母さんの頬をパシーンってひっぱたいたんですね。お母さん,びっくりしちゃって,「なんで。どうしたの」って言ったんです。「お母さん,なんで,そういうことをもっと早く言ってくれなかったの。お母さん,私に小言を言って,怒って,いやみ言って,注意して。……」(その子は)小学校5年生の時に,お母さんは私を生みたくなかったんだ。私を嫌いなんじゃないかと思って急に落ち込んだですね。それからゲームセンターに行ったり,あるいはいろんなにぎやかな繁華街に行って,タバコをおぼえたり,あるいはハイチューなんかを飲んでみたり,…… 最後はわめくように「なんでもっと早く言ってくれなかったの」ってわんわん泣きながら,二階に上がっちゃったんですね。
お母さん,一晩中悩んだそうです。なんでもっと早く言ってやらなかったんだろう。心に思っているんだから,どうして早く言ってやらなかったんだろう。お母さん一晩中眠れなかったんですね。夜明けの4時か5時くらいに,疲れたからうとうとって寝たんですけど,5時くらいになって,コトコトお勝手の方で音がするので,なんだろうなと思って,お勝手に行ってみたら,娘が手鏡を出して自分の髪の毛を黒く染めているんですよ。「えっ,あんたどうしたの?」って言ったら,「お母さんが,『生んでよかったよ』って言ってくれたから,私も生まれ変わっていい人間になりたいよ」って言ってね。そしてティッシュの中にイヤリングやピアスなどをくるんで,ゴミ箱に捨てちゃったんですね。そして標準服に着替えてカバンを持って出かけて行った。朝ご飯も食べないで学校へ行ったそうですよ。ということは,その子も一晩中寝なかったんじゃないですか。
その1
最近、日本では、とみに学校教育の荒廃が叫ばれています。アメリカでも教育の荒廃が叫ばれるようになって久しいです。今、日本のあちこちでフリー・スクールやホーム・スクールなど、文部省の企画外の学校が芽生えはじめたようですが、アメリカでは、すでに多くの人が様々な教育改革を試みており、その歴史も研究も日本より、かなり進んでいます。今回は、教育改革と世界平和のために生涯を捧げた、ロバート・ハンフリー教授の教育改革論を紹介します。(以下のエッセイは、ハンフリー教授自らが、生前に会報「すいーとハート」用に、執筆くださったものです。)
【ハンフリー教授プロフィール】
ハーバード大学ロースクール(法科)を卒業後、MITを始めとする、全米各地の大学で教鞭を取る傍ら、長年外交官として特命をおび世界各国で紛争解決のために貢献しました。過去、2人の息子さん達とともに、ゲットー地区やアメリカ・インディアン居住区などで、親や教師から見離された子供達を集め、学校を設立し、すべての子どもたちを立ち直らせマスコミにも注目されました。去年、癌で倒れる最後まで、世界平和のために執筆活動を続けていました。
子供達の瞳に輝きが戻るとき
現代の教育は、子供達の人間性を無視している。ハンフリー教授が世界の教育者に提唱する、人間の本性を生かした教育法。
アメリカの学校は、現在、教育レベルの低下、おちこぼれの増加、麻薬、その他様々な問題を抱えていることは、日本のみなさんも耳にしたことがあるかと思います。アメリカ政府も、また国民の誰もが教育改革の必要性を感じ、色々な策を試みているようですが、どれも絶対的な成功はおさめていません。
私の二人の息子達は、長年、真に子どものためになる教育を目指して心血を注ぎ、大きな実績をあげてきました。今回は、我々の提唱する教育改革についてお話してみたいと思います。これはアメリカの教育に関することばかりではありません。全世界の子供達の教育に共通することと言っても決して言い過ぎではないと思います。
人類には、以下に詳しく説明しますが、基本定に八つの特性があります。この人間の特性を生かして子供達の学ぶ環境を作ってあげることが、結果的には、子供達の清澄と発達を自然な形で助け、能力を最大限に伸ばすことになるでしょう。
また、これから述べる八つの点は、教育改革を目指す父母の方々の役に立つことはもちろんですが、学校を選ぶ目安にもなるでしょうし、家庭教育でも生かせるはずです。是非、御自分の小学校や中学校じぢを思い出しながら読み進んでください。
人間の八つの特性を生かした教育
1、小グループを好む
現在、ほとんどの学校において、ひとクラスの収容生徒数が多すぎます。そのために教師は一人一人の生徒に注意を払うことはとてもできませんし、生徒達は、ただ座って教師の言うことを聞いているだけで、授業に参加しているとは言えません。理想を言えば15人前後のクラスが望ましいでしょう。たとえ30人のクラスでも、各々の生徒の興味が満たされるようでなくてはなりません。
教育者である息子は、常に「それぞれの子どもがカリキュラムだ。」と言っています。教師の中には「一人の子どもでも救うことができたら、教師として幸いだ。」というようなことを言っている人がいますが、息子は教師の卵達に「一人でも生徒を失うようなことがあれば、教職を辞めることを考えるべきだ。」と教えています。つまり、カリキュラムは、生徒一人一人のレベルに合ったものでなければなりません。もし、30人の生徒のために一つのカリキュラムしか用意されていなかったとしたら、少なくとも29人の生徒は高すぎるレベルか、低すぎるレベルの勉強を強いられ時間を無駄にしているわけです。
このような話を教師達にすると30人の生徒、一人一人の面倒を見る時間など、とてもないという意見が必ずあります。それには、教師が教室の前で、講義のようにしゃべり続ける時間を減らすことです。そして、一人一人の創造力および想像力をフルに生かした授業をすることです。子供達は、個人的に先生に注意を払ってもらっていると感じれば感じるほど、一生懸命勉強しよう、がんばろうという気持ちになるものです。
2、仲間の一員として参加することを好む
すべての子供達が学校の様々な活動、課外活動に平等に参加できることが大切です。たとえば、野球、リレーなどで、スポーツに秀でた子にばかり、参加の機会を与えたりすることは子どもの心を傷付け、自信を失わせることになります。
3、体を動かすことを好む
すべての子どもは、体を動かすことが好きなものです。適度な運動と適切な食事をすることを教えましょう。健康な体は子供達の自信を養う上でも、とても大切なことです。
4、右脳と左脳
アメリカの学校では、現在学習時間の80%以上が、暗記に費やされているという研究結果があります。(日本の場合は、それ以上かもしれませんね。)これでは左脳教育だけに偏ってしまいます。また丸暗記ばかりでは、子供達が授業がおもしろくないと感じても当たり前です。人間の右脳は、創造的および美的感覚をつかさどります。この右脳の働きを最大限に生かせば学習効果も飛躍的に伸びます。
5、美しい物を好み、ユーモアを愛する
読んだり書いたり計算をしたりすることは学習の基礎ですが、人類の歴史上では、ごく最近、発明されたものと言ってもいいでしょう。これらは、長い年月をかけて発達し、そして長い年月をかけて学ばれてきました。
つまり、これらを学ぶことは、すべての子供達にとって、ただでさえ、多大な苦労を要することなのに、さらに、授業が退屈では子供達の学ぶ意欲はますますなくなってしまうでしょう。毎日の学習の中で、教師は生徒達の創造力を刺激するような授業と、ユーモアたっぷりの楽しいクラス作りを心がけるべきです。また、子供達の美的感覚を刺激する芸術や音楽の授業も多く取り入れることが必要です。
6、社会的(人と人のつながりを好む)
人と人とのより良い関係を結ぶための基礎である、会い、忠誠心、尊敬、勇気、一人一人の命の大切さを教えましょう。
7、平等であることを好む
人は皆、軽蔑されたり見下げられたりされたら怒りを感じるはずです。心の底では、他人に尊敬されることを望んでいるはずです。子供達をCやDやF(日本の成績の1や2にあたる。)などで、ランクづけすることは、子どもの心に怒りを植え付けるだけで、建設的な方法とは言えません。それに一体どんな教師が、本当に正しくABCを割り振ったり、子どもをランク付けすることができるというのでしょう。皆さんも生徒だったころ、一度ならず、このような不公平に腹を立てたり、がっかりしたことがあるのではないでしょうか。
我々の学校では、もしある子どもがテストで50%しかこたえられなかったとしても、その生徒を励まし、次のテストではたとえば、80%を目指すようゴールをセットしてあげます。(これは「マスター学習」と呼ばれています。)
8、ヒーローを崇拝する
多くの子供達は、尊敬する人物から、多くのことを学ぶものです。先生は、いわゆる頭でっかちの専門化よりも、人間的に優れた愛すべき人物であるべきです。もちろん勉強ばかりでなく、生きる上で必要な様々な価値観をも教えられなければなりません。子供達は、元来、新しいことを学ぶことが大好きです。すべての教師は、子供達一人一人を励まし、さらに学ぶことの楽しさを教えられなければなりません。(多くの教師は、反対に子供達の学ぶことへの好奇心や興味を抹殺してしまっています。)
以上、八つの点が、私の提唱する、人間の特質に逆らわない自然な学習環境の大筋です。次回は、実際に、この教育法を試みた各地の学校からの結果報告を中心に話を進めて行きましょう。