2011年6月アーカイブ

父の法

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chichi.gifある父親が、すっかり大人になった息子がたびたび家にお金を借りに来るので嘆いていました。彼は、息子のためにも下手な助け方をしないで、もっと息子が独立できるような長期的な援助を考えていました。でも、母親が息子のことを哀れんで、お金を出してしまいます。母親は息子が困っているのをそばで見ていられません。そのために、両親の喧嘩が事あるごとに起こってしまいます。彼はいったいどうしたらよいかと悩んでしまいます。

このような家庭の風景をみることは、少なくないと思います。それが金銭的な問題でなくても、父親と母親の子供に対するアプローチが違い、親夫婦の間で葛藤が起こってしまいます。

母親は、子供を赤ちゃんの時から育て上げてきて、子供が楽になるように、気持ちよくなるように、そして幸せになるように子供と接触をします。赤ちゃんがお腹を減らして泣いたら、乳をあげます。オムツが汚れて子供が泣いたら、それを取りかえてあげます。母親のルールは、子供と毎日接触する中で生まれてきます。子供が辛いと、母親自身も辛くなります。それで、子供の面倒を見ることによって、自分の心の痛みをぬぐいさろうとします。母親のルールは、子供との人間関係の中のルールです。

一方、父親は子供が社会で立派にやっていけるように、家庭と社会との架け橋の役目をしようとします。子供を外に連れ出して、遊んだりして教えながら、家庭より大きな世界を見せようとします。その世界でうまくやっていけるように、社会のルールを子供に教えようとします。

社会のルールは3点のルールと言って、自分-(1) と相手-(2) がもう一つの限られた資源-(3) を求めて競争や戦いをしていくことです。自分と相手がうまく協力して、限られた資源を分かち合うということも含まれているでしょう。

母親との付き合いとは違って、頼りながら何かをしてもらうこととは随分異なります。独立性を持って、相手と公平に対処し、相手とルールを作りながら共存することを目的とします。これがいわゆる世間でのルールで、「父の法」と言うべきものでしょう。共存そして存続を目的としていますから、そのつど起こる痛みや苦しみは、母親の対処と違って、我慢をしていくことが多くあります。例え、助けを求めてきた人がいたとしても、その人にとって今すぐ助けないほうがよいと判断をしたときには、助けを拒みます。そうすることによって、その人の力を補うことをしようといます。

先ほどの父親の話に戻りますが、母親のルール、そして父親のルールの話を聞き、最初は母親のルールについて、疑問を感じはしましたが、次第に両方の大切さを理解することができました。すなわち、自分の息子の独立を促すことは大切であり、それが最終的な目的であろうものの、息子が困っていたり悩んでいたりする時に、それを癒してやることも大切であることが理解できました。それどころか、息子の心を癒すことができるが故に、息子のほうも父親の話に耳を傾けることができるようになりました。

その結果、家族のフォーカスが両親の夫婦喧嘩から、いかにして息子を助けるか、又は、どうして息子が自己独立に関して問題を抱えているのかを見ることができ、援助の仕方がもっと賢くなりました。その過程で発見されたことは、息子自身、social learning disorder (社会的学習障害)と言って、人間関係の理解、そして維持に大変苦心していることが解ったのです。それで普通より社会デビューに時間がかかるということだったのです。

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