過去の破壊--過去は存在するのであろうか?

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yoga.jpgサイコセラピーでは、患者さんの問題の原因を過去に探すことが多いです。現在の心理的問題は、ただ現在のストレスや事のなりゆきで発生したのではなく、その原因は過去の何らかのトラウマであると言う考えです。そのトラウマが心の中に潜み、現在のストレスによって病気として再発すると言うのがおおざっぱな考えです。そのために、過去の経験をよく調べて、問題となるものを探求します。過去のことをよく覚えていること、又は思い出すことができることが、大切になったりします。

ところで、未来は存在しません。私達は、未来について予想したり、想像したりできますが、それについてどうこう事実であるかのように、述べることはできません。ですから、サイコセラピーでも、未来の未だ起こっていない事件が、ストレスとなって現在の問題を引き起こす、などということはあまり言わないでしょう。しかしながら、未来についての想像が、現在のストレスとなることは、決して少なくありません。例えば、来週に大切な試験があるとすれば、それを想像するだけで、いろいろな感情反応が起こり、ストレスとなって夜も眠れなくなることがあるでしょう。

未来の存在感は、過去の存在感と比べると少ないですが、実際に過去はそのように言うほど存在しており、現在の問題にインパクトがあるのでしょうか。ここで、過去の存在がどのように生まれてくるか、見直してみようと思います。

一般的に、過去は私達の記憶として存在します。何年前にこういうことがあったと思い出して、過去の存在を感じます。完全に忘れてしまった事柄に関して、過去は存在しません。そのことはなかったことと同じです。では、過去は私達の記憶以外のところで存在をしないのでしょうか。

アルツァイマー病にかかった人は、病気の進行と共に、記憶をどんどん失っていきます。最初は身の回りの新しい情報を忘れてしまうことから始まります。でも、最終的には過去の記憶も消えてしまい、自分がどこで生まれたのか、誰と結婚したのか、自分と言う人物の過去も、どんどん忘れてしまい、自分の人生が消えていってしまいます。その人にとって、過去は存在しないのと同じです。

でも、その人には過去の写真があります。卒業式の写真がちゃんと残っているではないですか。誰が見ても、その人に過去がありました。にもかかわらず、その人が写真を見て自分を認識できなかったらどうでしょう。自分はそこにいなかったのです。その場合、その人にとって過去は存在しません。すなわち、過去が存在するには、過去に何かが起こったかが問題ではなく、現在本人が記憶や認識力を通して、事柄を頭の中に描けるかということです。その上、描いた物は実際に過去に起こったことと一致するかどうかは問題ではありません。実は、何かが過去に起こったと思うだけで、過去の存在が始まるのです。つまり過去は、それと言って独立して私達の外に存在するのでなく、私達が考えるごとに存在が起こると言ってよいでしょう。

もしそうだとすれば、過去のトラウマは現在の心の問題の原因となりうるのでしょうか。過去が脳の中で、何かの生理的変化を伴うと同時に作られるのであれば、その現在の生理的変化が心の問題を引き起こしますが、一般的に言う過去が問題の原因となるとは思えません。

したがってサイコセラピーで、過去の存在を前提とし、その中で問題の原因となる事柄を追及することは、意味がなくなってしまいます。その代わり、過去のことを話すのであれば、そう言われるものが現在どのように作り上げられているか、どのように認識されているかを調べることによって、心の問題の今に関連する原因を明らかにするができます。

歴史は、語われる前、書かれる前に存在はしません。そのとき何が起こったかは、誰かが認識して語るまで存在しないでしょう。その後、何事やらをどのように語るかによって、歴史がつくられ、過去の存在が発生します。人によっては、事柄の認識の差や、語り方の差が出てくるのもしかたがありません。ですから、何通りもの歴史があっても不思議ではありません。

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