相手を理解する仕組み

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kagami.gifセラピストとして、患者さんのこと、それは気持ちであろうが、考えであろうが、態度であろうが、それらを理解しようとすることは、日常のことであります。どのようにして、相手を理解しようとするかという問題は、セラピストとしてトレーニングをし始めるときから、終わりまで、そしてその後も永遠と続くことであると思います。それにも関わらず、ふと考えて見ますと、「いったい、どのようにして相手を理解しようとしているのか」不思議に思うのは止みません。

私達は、相手の心の中に入ることはできませんから、その人の気持ちを感じられませんし、その人の考えも考えられません。ですから、その人の心を理解するということは、こちらの想像でしかないのでしょう。つまり、相手の考えを理解したという時には、実は自分の考えをもとに、相手の考えもそうなんだと、想像しているだけなのでしょう。


もう少し心理学的に言いますと、相手の言っていることに刺激されて、自分の頭にいろいろな考えが浮かびます。その一部を相手に当てはめます。これを専門語で投影と言って、自分の考えや気持ちを相手が持っているものであると、錯覚すると言うことです。そして相手の理解をしたと思い込みます。

もう少し取り組んでいきますと、自分の欲求までも相手にあると想像し、錯覚をしてしまいます。例えば、ある人に自分のサポートをしてもらいたいと思っている時、その相手の人を能力があり、できる人と錯覚し、その人に能力があるかのように、行動してもらうことを期待したりします。相手も期待に応えるようにがんばってしまったりします。また、自分が怒っているときに、相手が自分と喧嘩をしたがっているかのように見え、悪い事を言ったりして、相手を怒らせたりします。その結果、相手が怒っていたのだと勝手に理解し、それが自分の錯覚であったことに気が付きません。

結局、自分の気持ちや、考えや、欲求が相手に存在すると思って、相手を理解したと言う言い方をしますから、相手の人は自分の一部であると言っても、言い過ぎではありません。すなわち、相手の心は知らざるを得ない。それで自分の心を代用し相手を理解したと考えます。相手を見ながら自分を見ていることになります。それでしたら、相手を最初から自分と思って、フレンドリーにしたら、人間関係がうまくいくかも知れません。これは余談ですが、試して見る価値がありそうです。

この「仕組み」は、身近な人間関係では、必然的に沢山起こります。例えば、親子関係や夫婦関係を見てください。自分の欲しいことを親にしてもらったり、夫や妻にやってもらいます。相手もやらざるを得なく動いたり、快く受け入れたりしてくれます。このお互い様のやり取りが、身近な人間関係を良くしていきます。逆にこのようなやり取りを拒むことで、理解をしめしてくれないと相手から文句が出たりします。

でも、この「仕組み」の危険性もあります。自分を相手に見ているのですから、気をつけていないと、相手が実は他の人物であるといくことを忘れてしまうのです。先ほどの「投影」というプロセスは、実は自分と相手の区別、境界線を薄めてしまうのです。その結果、自分と相手の区別がつかなくなってしまい、相手を尊敬する気持ちが無くなってしまったり、それと同時に相手を制御しようとする心が高まって、次第に虐待する方向に走ってしまったりします。

相手についての理解は、あくまでも自分の相手についての仮説であり、不正確でありながら、修正していくものであることを、お忘れなく。

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