ハンディのある子どもたち

今回のテーマコーナーは、相談コーナーに寄せられた「ハンディのある子どもを」普通の小学校へ通わせたい」という投書に対する、たくさんのお便りが中心です。

相談

娘はダウン症です。二歳ですが、歩けません。でも、遅れるでしょうが歩けるようになると思います。普通の小学校に入れたいと思っています。仙台では、普通の小学校に入るダウン症の子がずいぶん増えています。でも、仙台圏をうたっている私の町では、そういうケースはゼロです。

普通の小学校へ通わせることを障害児を持つ親の世間を気にするエゴと受け取る人も多いようです。先輩のお母さん方のお話では、養護学校には先生と生徒のみの会話で、子ども同士の会話がないというのです。私は専門家の先生達より、なんでもない普通の子供達と接してほしいのです。皆さんの意見をお待ちしております。

 

養護学校は進学不可能  筆不精

普通学校を卒業すると、高校(大学)の受験の資格が得られます。また、もし周囲についていけなくても、養護学校への転入ができます。ところが、一度、養護学校へ入学したら、高等部までは行けるとしてもそこまでで普通校には絶対入学できないそうです。Aさんはダウン症ですが、とてもよくでき、高校合格も夢ではなかったのに、親が養護にしか入れないと思い込み、養護学校に入れてしまい、15の春に後悔したとのこと。

 

本人に一番幸せな選択を  じゅんこ

うちの長女(3歳1ヶ月)もハンディッ子です。重度の脳性麻痺で、お座りもハイハイもだめです。もちろん立つことも歩くこともできません。また、両手にも麻痺があり、食事も自分では、食べられません。障害センターで週2回ぐらいの割合で、いろいろな訓練(運動両方、作業療法、心理、言語、グループ保育)をしているところです。

私は、普通学校も養護学校も両方ともターゲットに入れて考えていきたいと思っています。学齢に達するころにどちらに行った方がより幸せに過ごしていけるか。それまで本人の成長をじっくり見ていき、学校に関する情報もどんどん集めていくつもりです。

普通学校に入って、普通の子どもと一緒にやっていくのが理想だと思います。でも、歩けない子どもの場合、親、またはボランティアの方が一日中付き添うという形で行っていることが多いようです。また、特殊学級という形をとる学校も多いらしいです。養護学校で本当に本人の個性に合わせた教育をしていただけるなら、ありがたいと思います。ただ現実にはどうなるのかわからないと不安です。

よその人がどう考えるか気にするのは、この際やめておきませんか。大切な子どものことです。普通校に入れるかどうかは、本人にとってどの学校が一番いいのかという点で決めていきましょう。一緒にがんばっていきましょうね。

 

担任による (現在、ダウン症のお嬢さんが、織物関係でアメリカに留学している泰子さん)

普通学級は、同年代の子供達がする動作や遊びを学ぶ機会が多く、顔見知りの友達が増えます。でも、一日中、外国語の中で授業を受けているような状態で、心理的負担がかかります。特殊学級は、本人のレベルに合った学習や生活の教育が受けられ、級友と対等の立場で付き合え、本人の気持ちにゆとりがあり、背伸びしないでいられます。でも友人や知り合いが少なくなり担任にやる気がないと、放りっぱなしになってしまいます。

 

実際、ハンディのある子どもに接した方や子ども達はどう感じたのでしょう?

 

歩けないと言われた子が目の前で歩く  M

短期間ですが、受入側を経験した者として、是非、普通学級に入れてあげてほしいと思います。私が学生時代にアルバイトをしてたスイミングでは、ダウン症のAちゃんが、コーチ他みんなに愛され、とても楽しく練習できました。

また、卒論のため、観察実習(子どもたちの中に入りながら観察する)を行った幼稚園と小学校(まったく別の地区)では、肢体不自由の子どもも含め、みんなが、様々な子供達がいることをまったく普通のことと受け止めて、生活していました。印象的だったのは、それまで、自分の思うままに行動していたC君が、肢体不自由のBちゃんの世話をすることによって、自分をコントロールできるようになったこと、一生歩くことができないだろうと言われていたB君が、周りの刺激によって歩けるようになったことです。(まるで映画のワンシーンを見ているようでした。)

本人、友達、先生、父兄 それぞれが、周りの人たちと触れ合って成長しているものだと思います。前例がなかったらKさんが前例を作ってください。心から応援しています。

 

子どもは純粋  桃子

去年、ある施設にボランティアとして2週間かかわっていました。脳性マヒの後遺症の子が多く、手足が不自由な子、言語障害、知能障害がある子など、障害の程度はさまざまです。

子供達は、自分でできることは、なんでも自分でやろうという意欲に満ちています。小さなスイッチを押すのに5分以上かかっているこもいます。そんな時、スッと手を出して押してあげるのは、簡単だけれど「がんばって」と見守ることが大切なのですね。子供達のがんばろうとする気持ちを取り上げることはできません。

夏休み中だったので、娘も何日か連れていきました。最終日に私は娘にたずねました。「みんなと一緒にいて、こんなこと感じた?」「お友達になりたい!」どーっと胸をつかれる思いでした。私自身まったく意識はしていなかったものの、どこかで「偉いね」とか「体は不自由でも、がんばってるね」というありきたりの応えを期待していたのかもしれません。でも、娘の答えは「友達になりたい!」娘のこの気持ちは、障害者と、健常者を結ぶ大切な絆であると思いました。

 

ハンディッ子と自然に学べる環境

短大で、精薄施設の実習に行ったとき(そこで暮らして養護学校に通っていた施設ですが)保母さんが「ここにいると、できていたことが、できなくなってしまうことも多いんですよ」と言われたことが忘れられません。

もう少しで、息子も幼稚園に入りますが、私は、障害がある子も受け入れてくれる園があれば、そういう所に入れたいと思います。そんな姿勢があれば、先生もきっと悩みながらも、一生懸命されることと思うし、息子にとっても、いろんな子どもがいることが自然にわかり、接することができると思います・でも残念ながら、近くにそんな園がないようで・・・。やはり、昔ながらの土地柄だと、伝統?というより、今までのやり方を続けるのが、当たり前という空気が強いので、難しいのかなと思います。でも、Kさん、周りにもきっとわたしみたいな思いを持っている人もいるとおもいますよ。こどものために」あちこち働きかけて、がんばってほしいなと思います。

 

大人の役目  薩摩おごじょ

普通の小学校に通わせたいKさんに、大賛成です。私は、小、中学校の頃、近くの養護学校に入っている子供達と遠足や修学旅行に言ってました。そのころは、自分たちと少し違っているその子供達に大使、何か「こわい」という感情があり、離れた所にいました。ちょっかいを出す男の子たちにも「かわいそうでしょう!」とぐらいは言っても、積極的にかばってあげたり、一緒に遊んだり、話をしたりはしませんでした。学校の先生たちも遠足や修学旅行を一緒にすることを「きまり」としてとらえていたようで、そういう私たちに対し、障害を持って生きる彼らに、私たちが出来ることや、彼らが私たちに何を教えてくれるとか、生きるということは、どんなことなのかを教えてくれませんでした。。親たちもしかりです。

しかし、大学の読書会で大江健三郎の「新しい人よめざめよ」を取り上げ、幼い頃、自分がいかに大切なことを学ばずに通りすげてきたのか、なんて薄っぺらい優しさだったのかを痛感し、ひどく後悔させられました。小さい頃から、もっともっといろいろな人たちと生活の一部を共有することで、私たちは、もっと優しくなれるし、強くなれると思います。

今の道路や公共施設は、まだまだ障害を持つ人に優しく作られていず、健常者や若い者本位です。それは障害を持った人の立場になって考え得る思考力を持たない人たちが設計したからではないでしょうか。

私たちの息子や娘が幼いうちからもっと障害をもった人たちとともに生きる環境になれていたら、世の中、もっと明るく生きられる時代が来るような気がします。どうかがんばってください。もし、私のような者でもできることがありましたら、声をかけてください。

 

ダウン症Q&A(アメリカの場合)

以下の情報は、カリフォルニアのミチヨさんが、障害者の精神分析医トム・アルタッファー氏にインタビューしてくださったものです。

 

Q.ダウン症とは?

A.母親から、余分な染色体を受け取った場合に怒る染色体以上のことを言います。この症状はおよそ1000人に一人の割合で起こります。ダウン症の特徴は、知能障害、丸い顔、そして細い目にあります。

Q.ダウン症は軽度、平均、重度と区別されるそうですが、それは、どのように診断されるのでしょう。

A.ダウン症の重度は、IQテストおよび、社会的能力を見て決めるのが一般的です。ほとんどのダウン症の人は軽度のカテゴリーに入ります。(少なくとも80%)

Q.ダウン症の子どもが、普通の学校に入学することができますか?

 

A.入れます。ダウン症の子が不通行に入るべきではないという理由など、何もありません。彼らが、不通行に入れるか田舎は、週の政治的決断でなされます。ほとんどの州では普通校に入ることを許されていますが、特殊学級に入れられます。メリーランド州など幾つかの州では、献上時と同じクラスに入ることを許されています。(このような方針は、“Inclusion”と呼ばれている。)

Q.もし、ダウン症の子が、普通校の普通クラスに入れた場合、他の子供達は、どのようにダウン症の子に接するのでしょうか?また、健常児の親達は、自分の子クラスにダウン症の子どもが入ってくることに異議を唱えたりしないのでしょうか?

A.ダウン症の子どもを受け入れている学校では、生徒自身がディスカッションをしながら生徒同士の関係のあり方を話あいます。健常児たちは、一端障害児について知ると、彼らを守ってあげようとする傾向があります。リサーチによると、障害児が同じうラスにいる子供達のテストの成績は、著しく高いということです。しかし、障害児を普通クラスに入れるということが難しいということはもちろんのことです。でも、現在多くの州で行われるようになってきました。親も子も、特に障害児達は普通校に入ることを好ましく思っています。

Q.ダウン症を含む、障害児のための特殊学校はいくら位かかるのでしょうか?

A.知恵遅れの場合の施設は、非常に高いです。年間ひとりあたり$50、000以上(500万円以上)かかります。特殊学校の場合は、最高で役$20、000(200万円)です。普通校に通う障害児の場合は、通常$2、000〜$7、000(20万円〜70万円)かかります。

Q.ダウン症を含む、障害児を持つ家族のために、なんらかの経済的補助はあるのでしょうか。

A.あります。障害児を持つ加増は、その収入によってSSIという補助金を受けることができます。また。発達障害局に登録すれば他の援助サービスも受けることができます。

 

社会の中の障害者達  NY・由美子

久々に日本に帰国すると、日本では、日常の生活の中で障害者を見かけることが、非常に少ないとつくづく思う。アメリカでは様々な障害を持った人達が色々な形で社会参加している。たとえば、私の住むアメリカの郊外の町では、マクドナルドやスポーツジムなどで、ダウン症の若者達が、簡単な清掃作業のような仕事に従事している。スーパーでは、軽度の知的障害者のオジサンが毎日、何やらブツブツつぶやきながら、スーパーの駐車場でショッピング・カートの片づけをしている。近所には、ボタンひとつで走る車椅子で近所を散策するおじいさんがいる。すべての駐車場には、一番便利な場所にいくつも身障者用のサインのスペースがとってある。

日本では、障害を持った人々は、社会から完全に無視されている。障害を持つ者が街を一人で歩けるようには街の構造ができていない。結局、障害者は、人の目に入ることはなく、人々の障害者に対する意識も変わることはない。

次元は違うが、小さい子ども連れでベビーカーででかける苦労を考えれば、日本の街がいかに、足の不自由な人にとって歩きにくいかということが、よくわかる。でも、赤ん坊はいつか一人歩きを始めるが、障害者は一生である。障害を持つ人たちにとっては、きっと日本の社会は腹立たしいことばかりだろう。

 

 

ハンディのある子の普通学級入学の訴訟判決

《法律は誰のために?》

数年前、北海道でハンディのある子どもの普通学級入りに関する訴訟の判決がありました。車椅子の生活をしている女の子が、中学の普通学級への進学を求めて訴訟を起こしたのですが、結局、進学は認められず、特殊学級に強制入学させるという判決でした。これによると、普通学級と特殊学級のどちらで学ぶかを決める学級決定権は「校長の権限」であり、憲法は「ハンディのある子ども本人や親の選択権は保証していない」ということだそうです。

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